戦場のHappy Birthday 第八話
07. 21. 01:30 A.M.
もとは旅館か何かだったのだろう、赤鯨衆の拠点の目と鼻の先で占拠され、いつのまにか
織田の臨時アジトとして使われていたその内部は、今や魑魅魍魎の巣と化していた。 そう、魍魎であって怨霊ではない。刻一刻と充満する、毒ガスのような《邪気》の向こうから、
魂も自我もない化け物達が直江をめがけて襲いかかってくる。《力》が使えればたいしたことの
ない敵でも、吸力結界の中では話が違う。しかも物理攻撃で倒したと思っても、手一本、足一本
で再び襲いかかってくるから始末が悪い。 障子を破って伸びて来る触手を入口に飾ってあった長槍で切断する。武器がないよりはましだが、
室内で振り回すには不便だ。ドアを開ける。巨大なイソギンチャクのような化け物が直江を
絡めとろうとした。触手を次々に切り落としながら後退する。まともに倒していては体力を消耗
するだけだ。それでも高耶の足跡をとらえるには、片っ端から部屋を調べるしかない。 めずらしく何もない部屋かと思えば、天井からいきなり口から糸と毒液をしたたらせた巨大グモが
襲いかかってくる斬りつけると傷口から大量の子グモが発生した。小さくても毒を持っているので
直江は防御しながら早々に部屋を出なければならなかった。 廊下に出ると泥人形が徘徊していた。これは一番やっかいだった。一応人の形はとっているものの、
変化自在の手で直江の口と鼻を塞ぎ、窒息させようとする。直江は吸い込むまいと抵抗しながら
柄を短く持った槍をくりだして人形の身体を細かく砕こうとする。徹底的に振り回して、どうにか
原型を保てなくなった隙に逃げ出す。ぐずぐずしているとまたすぐに復活するに違いない。「くそっ――」
直江と同じくらいの体長はある巨大ムカデに向かって槍を振るいながら、直江は舌打ちした。
おそらく高耶はすでにここにはいまい。高耶は冥府へ行ったと蘭丸は言った。その後の言葉
から察するに、死んだという意味ではないはずだ。それでは、『冥府』とはどこなのか。
(地下か)
毒液にまみれた蔓を切断して地下へ向かう。湿った黴臭い石の階段をおりる。そこには電気照明はなく、壁に点々と灯る蝋燭の明かりだけが内部をゆらゆらと照らしている。血臭と――何とも陰惨な空気がそこにはあった。どうやら牢や拷問部屋として使われているらしい。
「高耶さん!」
返事はない。
代わりに直江の声に反応した者達が、闇の向こうでくぐもった唸り声をあげ、鉄格子をがたがたとゆらした。一番奥の牢にさしかかったとき、すぐ背後にある鉄格子の扉の錠が破られ、毛むくじゃらの妖怪が鋭い雄叫びと共に直江に襲いかかった。30センチはありそうな長い鋭い爪で直江の顔を引き裂こうとする。槍の柄でそれを防ぎ、刃を心臓と思われる部分に繰り出した。だがびくともない。一度刃を抜き、首を狙った。うるさげに振るう爪を裂けながら何度も繰り出していると、首が胴体から離れかけ、動きが僅かに鈍った。完全に切断し、首が床に落ちると、妖怪は方向感覚を失ってふらふらとさ迷い出した。
それをそのままにして、奥の牢に入る。直江はこれまでになく厳しい表情で中を凝視し、床に触れた。手のひらにはわずかに血がついている。
(高耶さん――!)
出血は大した量ではなかったが、大量の《気》が消費された痕跡が濃厚に残っていた。気は二種類あった。誰と闘ったかなど、調べるまでもない。
「おのれ、信長ッ・・・」
直江は血のついた手のひらを固く握り締めた。
憤怒の形相で跪いている直江に向かって、ズルリ…ズルリ…と近づいてくるものがいる。
直江はゆっくりと立ちあがり、槍を構えて闇の向こうを睨みすえた。(必ずあなたを連れて帰る)
災いの呪が解けようと解けなかろうと、もうどうでもいい。彼以外の人間など、死ぬなら皆死ねばいい。赤鯨衆が彼を糾弾するなら、今度こそ連れて逃げる。誰にも彼を傷つけさせやしない。
腐臭と共に闇の中から現れた、かつては人間であったものに、直江は容赦なく刃を繰り出した。
<つづく>
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なんか私の話ってやけにぞんびーずが出て来るやうな…。
好きなんです。えへ(*^^*)