The Spell

12


    

 

 

平塚にある山内忍の自宅を訪れた時、高耶はもっとはやくにここを訪れなかったことを悔やんだ。
家の外からでも感じる邪気、そして死臭――
ここに直江や、壺に納められていた髪の毛と同種の気を感じる。

もっとも、綾子が来ていた時には巧妙に隠されていたのだが、高耶はそれを知らない。

 

 

数日前から行方不明になった綾子の弟として、山内家を訪ねた。
お入りくださいと招かれ、玄関に足を踏み入れたとき、高耶は足を止めた。

青地に金糸の刺繍を施した振袖を着た、ややきりりとした顔立ちの勝田の市松人形が、
玄関脇に佇んでいたのだ。

 

 

応接間に通されると、山内夫人に玄関の人形のことを聞いてみた。
綾子のことでたずねてきたとおもった夫人は面食らったが、自分が十歳のときに両親からもらった
ものだと説明した。
山内夫人は、あの倉田本家の娘だったのだ。

綾子については、数日前の夜、いつものように教えに来て帰ったきりだという。
とくにおかしな様子もなく、失踪については翌日綾子の母から電話を受けて初めて知ったという。

「帰り道に何かあったんでしょうか」

夫人は心配そうに顔をくもらせたが、綾子がそこらへんの暴漢相手に負けるはずがないことを
高耶は知っている。
娘の忍にも話を聞きたいというと、夫人は了承した。

入ってきたのは――

(この子…)

「――以前、病院で会った…」

「え…?」

忍は目をまるくしたが、高耶は覚えている。
直江が運び込まれた病院の廊下ですれ違った。

「白い百合の花束を持っていた。あそこで何をしていたんだ?」

忍は知らないと首を振る。嘘をついているようには見えなかった。
だが忍の身体からは例の波動が強く伝わってくる。

そしてこの死臭――母親も、誰もこのにおいは感じていないらしい。

いろいろ問いつめたかったが、母親が出入りしている。仕方なく綾子がいなくなった夜について
いくつか質問するだけにとどめて、辞することにした。

 

 

玄関からちょっとした小道を抜けて門にたどり着くと、門の外にいつのまにか忍が立っていた。
腰にとどくまで伸ばした漆黒の髪。風が吹くと黒い翼のようにはためいた。
先刻までの快活さはなりを潜め、蠱惑的な目で高耶を見つめている。
鮮やかな唇には挑発的ともとれる微笑を刷いていた。

 

 

 

 

「私にいろいろ聞きたいことがあるんじゃないかとおもって」

「ああ」

二人は駅に向かってゆっくりと歩き出した。

「あんたは倉田初枝なのか」

少女はくすりと笑った。

「変なことを聞くのね。私は山内忍よ――もっとも、私の中にはいろんなものが入っているけれど」

「ならなぜ直江に憑く。ねーさんや千秋をどうしたんだ」

「あなたは今、幸せ?」

高耶の数歩前を歩いていた少女が、くるりと振り返った。

「あのひとたちはあなたを苦しませたり怪我を負わせてばかり。
いつも一緒にいるあのひとはあなたを汚らわしい欲望の対象でしか見ていない。
彼はあなたが知っているより何倍も醜い心であなたを汚している。」

今日初めて口をきいたような人間に言われて、高耶はかっとした。

「そんなこと、おまえの知ったことじゃ…!」

「ええ!私には関係ないことかもしれない。
でもあなたがあの男に汚されていくのは我慢できない。あの男の慰み者になるのは・・・!」

 

(なんだ・・・?)

 

「あんた・・・昔のオレ達と会った記憶があるのか?」

 

 

忍は曖昧に首を振る。

「記憶はないわ。あるのは感情だけ。
でも私が守るべき人と憎むべき人間はちゃんとわかってる」

「あんたがやっていることをオレが喜んでいると思うのか」

「幸せにしてみせるわ」

どこか泣きそうな表情で、だが忍はきっぱりと言った。

 

「あの男がいればそれでいいなんて…幸せにならなくてもいいなんて、いわないで」

あなたにも幸せになる資格はあるの。

 

その言葉に虚を突かれて、高耶は立ちすくんだ。

 

両目に涙を滲ませた少女は、次の瞬間、ぼやけるように消えた。
            

 

続く

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収拾つかなくなって混乱中(~~;)