The Spell

2


saras――あなたを助けてあげる。

冷たい糸状のものが、さらさらと素肌に落ちかかる。

――今度は私があなたを助けてあげる。

目を覚まさぬ高耶に、彼女は熱心に囁きかける。

――わたしは知っている。あなたが何よりも恐れているもの。

あなたを苦しませているもの。いつも圧倒的な力で押さえつけながら、

彼らがいつ鎖を噛み切って、喉笛めがけて襲ってくるかびくびくしている。

でももうそんな必要はないの。わたしがあなたを守ってあげる。

あなたは私を救ってくれた。はじめて私を見てくれた。

だから今度は私の番。

・・・たとえ、どんな手段をとろうとも――

    

「・・・っ!!」

息苦しさに、汗びっしょりになって目を覚ました。

いつもよりだいぶ早いが、一応空は白んでいる。高耶はふうっと安堵の息をつき――それから

意識を集中して周囲を探った。

霊がいた痕跡は――ない。

それでもすっきりとしない気持ちで、自分の肩を抱いた。

何かが纏わりつくような感触が、未だに残っていた。無数の紐状のもの――というより、水に濡れた

髪の毛のようなものが身体中に巻き付いているようだった。

金縛り自体はそれほど珍しくもないが、意識のない状態で身体が動かないというのはやはり気持ちの

よいものではない。その上、今回は自力で縛を解くことができなかった。

   

夜中の暑苦しさもあって、ろくに寝た気がしなかったが、もう一度寝直す気もしない。

高耶は小声で悪態をつきながら起きあがった。

美弥は友達の家に泊まりに行っていて今朝はいない。顔を洗って新聞を取り、台所で牛乳を注いで

ロールパンが置いてある食卓についた。

簡単な朝食をとりながら新聞記事に目を通す。

しばらくして、高耶の眉根がわずかに寄った。

『平塚市河南高校教員 謎の変死』

見出しの横には、直江と同じくらいの年の、ちょっと神経質そうな男の不鮮明な写真が載っていた。

男は一人暮らしで、発見されたときには雨戸を閉めた状態で窓際に倒れており、死後3日経っていたという。

死因は不明。外傷はなく、突然心臓が止まったとしか思えないという。

しかし、高耶の目が止まったのは、その高校名に覚えがあったからだ。

この高校――この間、直江が言っていた、例の少女が通っているところではなかったか…?

(まただ。この感覚――)

すごく嫌な感じの胸騒ぎがする。だが危機感は自分に関してではない。

(直江――)

あの少女の件については、綾子が調査している。直江は関わっていないはずだ。

実はそれでも気になって、綾子に様子を聞いたり、自分でも少し調べていた。

高耶が気にしていることを、綾子も知っている。何かあれば連絡して来るはずだ。

だが――ことは確実に、直江に向かっている。そんな予感がする。

     

落ち着かない気分のまま、一日は過ぎていく。

一度昼食を食べに外に出掛けた。まだ梅雨入りもしていないのに、やけに蒸し暑い。

今年はクーラー買わないとな、などとおもいながらアパートに到着し、ドアを開けた。

最初は何も気づかず、靴を脱いで上がろうと下を向いた瞬間、凍りついた。

   

板張りの簡素な上がり口に、見事な日本人形が座っていた。

コレクターでなくても人目で高価なものとわかる。不思議な光沢のある白い顔、

人間の髪そのままに艶のある黒髪。鮮やかな赤の着物には、金糸で花や蝶の

刺繍が凝った模様で施されている。

この人形には、見覚えがあった。

人形はやや俯くように置かれていたが、高耶の視線に気づいて、ゆっくりと顔をあげた。

まるで生き物とおなじくらい自然な動作だった。

紅をひいた、童女と女の入り混じった、危うさを孕む美しい顔。

それは、高耶を見あげて、確かに微笑んだ。

高耶の表情がこわばる。

それは邪悪に歪んだ笑みだった。

     

トゥルルルルルルル・・・・・・・・

突然鳴り出した電話の音に、高耶の注意がわずかに反れた。

「!」

ほんの一瞬、電話に目をやった次の瞬間、人形の姿は跡形もなく消えていた。

ちっと舌打ちしながら電話を取る。

次の瞬間、またも高耶の表情は凍りついた。

   

『景虎!大変なの、直江が――!!』

            

続く

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