綾子からの電話で急ぎ電車を乗り継いで、横浜の病院にかけつけた高耶は、
病室に一歩入るなり、立ちすくんだ。
「直・・・江…」
喫茶店で突然倒れ、意識不明の状態だと聞かされたその相手は、日当たりの
よいベッドに半身を起こしていた。
「高耶さん」
直江の方もびっくりした表情で高耶を見た。自分がどんな人騒がせな状況で
倒れたのかわかっているのかいないのか、まさか高耶が横浜まで来るとは
おもっていなかったらしい。
「ごめんねぇ、景虎。気がついてからすぐ電話したんだけど、誰も出なくって」
直江の側にいた綾子がすまなそうに言った。
「どうせ大げさに騒ぎ立てたんだろう――すみません景虎様。醜態をさらした
あげくに御心配をおかけしまして 」
高耶に向かって申し訳なさそうに微笑んだ、その顔を見た時――
高耶は顔を強張らせた。
「高耶さん?」
その間は、直江を不審がらせるのに十分な時間だったらしい。いぶかしむように
声をかけられて、高耶ははっと表情を改めた。僅かに眉を寄せるその表情は
確かにいつもの直江のものだ。
(光の加減か…?)
「あ…いや」
「何よう。いきなり心臓押さえてひっくりかえられたらびっくりするに決まって
るでしょ。もう、調子悪いなら最初から言ってよ」
綾子が言い返す。どうせだからちゃんと検査してもらいなさいよね、と
つけ加えるのも忘れない。なんだかんだ言って綾子だってかなり心配
したのだ。
「それで、いつ退院なんだ?」
「ええ――もう大丈夫なんですが、一応検査して様子を見るそうで。
明日退院できるとのことです」
突然倒れたことに対して、どうもまわりほど心配していないらしい本人は
困ったように笑った。しょうがない奴、とおもいながらもほっとした様子の
高耶に、綾子はじゃああとはよろしく、と軽く手をあげて去っていった。
「――もう、何ともないのか?」
すこし迷って、直江のベッドの傍らに腰を下ろす。
「ええ、おそらく疲れがたまっていたのでしょう」
確かに顔色は悪くない。高耶は確かめるようにその頬に触れた。
「高耶さん・・・」
「…心配、させるなよな…」
一回り大きな暖かい手が、添えた手を包んだ。
「…すみません」
喉が乾いたという直江のために、水を買ってくる、と高耶は病室を後にした。
売店を捜してペットボトルの水を買い、もと来た廊下を戻ってくると、
向こうからひとりの少女が歩いてきた。セーラー服を着た
高校生だ。胸まで届くストレートの髪を微かに揺らせてこちらに来る。
誰かのお見舞いだろうか。ほっそりとした色白の両腕には、白い百合の
花束を抱えていた。
そのまますれ違った。長い艶のある髪がふわりとなびき、高耶の頬を
軽く撫でた。
何とも言い様のない感覚に、高耶は目を見開く。
振り向いたが、少女はそのまま背を見せて遠ざかっていく。声をかける前にその後ろ姿は
角を曲がってしまった。
(今のは――)
もしここに綾子がいれば、その少女が山内忍だとわかっただろう。そしてなぜここに
いるのかを彼女に聞けたに違いない。
すれ違った少女の形のよい唇がくっきりと笑みの形を刻んだ同じ頃、病室の直江もまったく
同じ表情をしていることも知らずに。
高耶はただ、一瞬かすめた「違和感」に眉をひそめていた。