直江が倒れた原因は結局わからずじまいで退院となった。
しばらく怨霊相手の仕事は休んで静養するようにと高耶は言ったが、直江は
聞かなかった。
「私に黙って行ったら、後で一生恨みます」
聞き分けのない子供のような言葉に高耶は呆れた。
「おまえ、まだこりてないのか」
「ちょっと疲れていただけです。もう十分休養はとりましたから」
その言葉を真に受けたわけではないが、今は目立った怨将の動きもない。
とにかくここ数日は自重するように言い含めて、高耶は松本に戻った。
平穏な日々が過ぎていく。直江は時々電話をかけてきた。特に用件があるわけでも
なく、最近あったことなどをぽつぽつと話す高耶の話を聞いている。今までは
怨霊がらみのことでもなければ2,3ヶ月平気で音信不通だった。そのことを
不満に思ったことはないが、こうして用もないのに電話で話しているというのは
まるで恋人同士のようでおもはゆい。
週末、久しぶりにドライブに行きませんか?と誘われた時のことだった。
「あ…悪い。今週はダメだ」
「バイトでも入っているんですか?」
「いや…能登の方で気になる動きがある。ちょっと様子をみにいってくる」
「そうですか。では9時頃お迎えにあがります」
「いや、おまえは来なくていい」
もちろんいつも一緒という訳ではないが、こういうときにはたいてい直江も
同行していた。にべもない高耶の言葉に、直江は一瞬押し黙った。
「まさかおひとりで行くつもりなんですか?」
「いや、今回は千秋と一緒に行くから」
あいつの車に乗るのはヤなんだけどな、とぼやきつつ、まんざら嫌でもなさそうだ。
以前なら千秋の運転につきあわされるぐらいならと直江を選んだはずなのに。
不穏になる心中を押し隠して、なにかできることは、とたずねる直江に、高耶は
何もないと答えた。
「おまえ、この前倒れたばっかりだろ。そのうち嫌でも動くことになるんだから
今のうちにゆっくりしておけ」
「高耶さん、私は!」
そんな気遣いは無用だと言い募ろうとした直江を高耶は一言の元に封じた。
「これは命令だ。オレがいいというまでおまえが動く事は許さない。そっちで何か
あった場合も必ずオレに連絡しろ。いいな。 」
それからいくぶん和らいだ口調で、帰ってきたら連絡するから、と言葉を継いだが、
なんとなく気まずい雰囲気を残したまま電話を切った。
――あのひとにとって俺はもう必要ない人間なのか。
もはやそばにいる資格すらないのか。高耶が自分の身体を心配して言っているのだと
いうことはわかる。だが、気遣う以上に彼に必要とされたい自分がいる。どんな時でも
彼の傍らにある権利を自分こそが持っているのだという自負が直江にはあった。
――殺シテシマイタイ。
自分の場所、彼の傍らを奪おうとする人間を。
俺だけを頼ってほしい。俺だけを見てほしい。
彼ヲ 自分ダケノモノニシタイ――
普段理性の殻に閉じ込めていた欲望が、肥大したエゴの塊となる。
ならばそうしてしまえとささやく声に、直江の理性はあっけなく崩れ去った。
週末まではまだ日がある。
それまでになんとかしてしまえばいいのだ…。
この時、自分の心に起こった『異変』に、直江はまったく気づかずにいた。
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ああ・・・なんかスランプかも〜〜〜