もともと人形は呪術の道具だった。
人をかたどったそれを撫でることで自分たちの厄災をそこに移して流したり焼いたりした。
そのうち人形を特定の人間にみたて、人形を害することによってその人間を呪殺することに
使われることになった。
呪具として使われた人形が付喪神化し、一人歩きをはじめるのはそれほど不思議なことではない。
人形そのものを焼いても念が残ってしまうこともしばしばある。
一年前の山寺での出来事。直江の不動明王の火でも焼き尽くせなかった人形は、
その持ち主と一緒に《調伏》したはずだった。あの少女が人形の主だということは、
波動が一緒だったことからも明らかだ。おそらくあの人形に持ち主の身体の一部やそれに準じるもの
――髪の毛とか、着物とかを使われていたのだろう。だが持ち主の怨念は持ち主と一緒に逝くことすら
拒んだということだ。
人形という型を失った念は今直江を器にしている。といっても憑依ではない。
核をもたないウィルスのように直江と同化し、蝕んでいる。
おそらく横浜で倒れた日からだろう。隣の布団で眠っている直江を高耶は霊査した。
微弱な波動が直江の全身を覆っていた。波動は絶え間なく続く不可聴の声、意味を成さぬ怨嗟の声だ。
何か特定の呪法であれば解くことはたやすいが、これはおそらく、少女のものだけでなく他の無数の念が
素粒子レベルまでふるいにかけられて複雑に組み合わさったものだ。
このまま直江が念から開放されなければどうなるのかわからない。
少なくとも今の直江の高耶に対する態度は以前とは全く違う。
傍目にはいつもの彼かもしれない。だが高耶にとっては、あれは直江ではない。
高耶でさえ対処に困る事態だ。直江がつかまったのは不運だったとも不可避だったとも言える。
あるいは高耶への想いが原因だったかもしれない。
それでも高耶はこんなものに付け入る隙を与えた直江の心の弱さを責めた。
こんなのは違うだろう、直江。
おまえのオレに対する執着や独占欲は、他の助けを借りて得て満足できる程度のものなのか。
オレの力すら借りず、自分自身の力で勝ち取りたかったんじゃなかったのか。
オレたちの間に他のものを介在させて、それでおまえは平気なのか。
おもわず睨みつけてしまったが、直江は目覚めない。
霊査をするために簡単な催眠暗示をかけたから当然なのだが、それすら腹立たしくなって、
高耶は直江に背を向けて横になり、頭から布団をかぶった。
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素粒子?ウィルス??ああなんかわけわからないけどちゅるっと読み飛ばしてすださい〜〜〜