雲ひとつない晴天。絶好の野球日和。
なんでこんな日に、こんな最低な気持ちにならなきゃならないんだ。

 

全力を出し切れずに試合に負けた。それは確かに悔しい。
彼が全力で投げさえすれば勝てたかもしれない、そんな未練もある。
けれど今感じている虚しさはそんなことじゃなくて。
自分達はいいバッテリーだと、ケンカをしながらも自分が榛名を信頼していたように、
榛名も自分を信頼してくれていると、信じていたのを覆された。
一人、裏切られた気持ちになっている自分が滑稽だ。
バッテリーだとおもっていたのは自分だけで、榛名は自分のことを練習道具としか思っていなかった。
一方通行だった想い。なんでオレがあんな奴に、まるで・・・まるで失恋したみたいな気持ちになるんだ。

 

胸が痛くて、つらくて、寂しくて。耐えられないと思ったとき、阿部はぽかりと目を開けた。

(夢)

窓から差し込んだ月明かりが、自分のではない部屋の中を青白く照らしている。
視線の先にはすぐにフローリングの床がある。

頬をこすると、涙が手の甲についた。寝ながら泣いてたのか、かっこわりぃ。
と阿部は決まり悪い思いで水滴をぬぐった。

まさか見られてないよな、とそっと隣をうかがうと、隣の塊は同じ布団の中で阿部に寄り添ったまま、微動だにしない。
阿部はいくぶんほっとして、掛け布団を中からもちあげると、三橋の肩に掛けなおした。ついでに布団からはみ出した腕や足も中に入れてやる。

ベッドがあるのにわざわざ床に布団をしいて、しかも阿部のための客用布団にわざわざ二人で寝ているのは、ベッドに二人だと三橋が落ちるからだ。最初から下で寝ていれば、少なくとも寝ている最中まで三橋の寝相の心配をしなくて済む。それ以前に、素直にそれぞれの布団で寝れば済む話なのだが、それを言い出すと三橋はこの世の終わりのような悲壮な顔をして「あべく・・・オレのこと・・・きらっ・・・」と涙を浮かべるのでやめた。普段はただ名前を呼ぶだけでもビクつくくせに、なぜ泊まりの時には一緒の布団で寝たがるのか、三橋の考えていることは本当によくわからない。

けれど、三橋とこうして身を寄せ合って眠るのは、それほど悪くない。言葉は通じないし、何か言おうとすればキョドられるし、イライラすることはいっぱいあるけれど、今ここでこうしているということは、三橋からも阿部に近づこうとしているということだ。阿部だけの一方通行ではないということだ。

――阿部君が捕ってくれなかったら、オレは・・・また役に立たない投手に、なっちゃう・・・

阿部が捕れば自分はいい投手でいられる、阿部じゃなきゃ嫌だと、全身で自分を必要としてくれる。あの頃の自分が求めていた、いやそれ以上のものを、三橋は阿部に与えてくれる。

布団をかけなおした時に、こちらを向いている肩に触れると、塊がひくんと動いた。

(やべ、起こしたか)

思わず肩から手を浮かせて顔を覗き込み――阿部は驚いた。
眠っているとばかり思い込んでいた三橋は、なんと泣いていた。

「み・・・」

いや、眠りながら泣いていた。小さく鼻をすすりながら、さっきの阿部のように、両頬を涙でぬらしていた。
どんな夢をみているのか。
つらかった中学時代の夢でもみているのか。
布団にくるまりながら、ふぐふぐと泣いている三橋を、阿部はたまらず抱き寄せた。

みんなと野球できてうれしい、と三橋は言った。
阿部に投げている時の三橋はすごく嬉しそうで。
練習試合の時なんかは、ものすごくキラキラしていて。

そんなお前が、なんでオレの隣で泣いているんだ。
なんでオレは、こいつの隣で泣いていたんだろう。
あの時求めていたものは、今はすぐ隣にいるというのに。

阿部は体温を確かめるように背に回した腕に力を込めると、閉ざされたまぶたからとめどなく流れ落ちる涙に唇を押し当てた。
三橋をなだめるときのいつもの方法だった。部活中だと手が汚れている時が多いから、必然的にこうなった。
最初にした時には三橋はびっくりして泣き止んだ。でも二回目からはおとなしく顔をさしだしてきた。
それはたぶん、怒られた後でおずおずと手を差し出してくる時と同じ。
触れられていると、嫌われていないとわかって安心する、そんな感じだった。
口内にしょっぱい雫が入ってくるのを感じながら、オレはここにいる、だからひとりで泣くなと、空いている方の手でくしゃくしゃの髪を撫でながら、涙がなくなるまで唇で吸い取った。

こぼれ落ちるものがなくなった三橋の顔をしばらく眺めた後、阿部はそっと、薄く開いた唇に自分の唇で触れた。
乾いた唇からもれるのは、もう安らかな寝息だけだ。

「おやすみ」

小声でそう言って、仰向けに体勢を戻そうとしたら、三橋の手に阻まれた。
タコだらけの手はいつのまにか、しっかりと腰のあたりのパジャマの裾を掴んで離さない。
阿部は苦笑して寝返りを諦めた。
自分のものではない体温が眠気を誘う。こうしていれば、阿部も、そしておそらく三橋も、もう過去の夢に泣くことなんかない。
二人はしっかりと寄り添ったまま、次の日の朝まで眠った。

 

無自覚です。←言い張る

 

「あと、もう少し」 「反省してる

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