「ボール!フォア!」 (やべっ、また出しちまった) バットを放って一塁に歩き出す打者を、花井は苦々しい思いで見送った。 球速は、125以上は出ているとおもう。MAXで投げれば130近くはいくだろう。 (三橋ってつくづく、すげー奴なんだなあ) 最初会ったときは正直こいつは使えないなと思った。三打席勝負に負けて、三星との練習試合に勝ってからはその認識は変わったけれど、たぶん三橋自身が自分をダメピーだと思っているせいもあると思うが、普段、彼のすごさを実感することはあまりなかった。しかしこうしてマウンドに立ってみるとよくわかる。それは同時に、未だ心の底にあった「球威があるほどいい投手」という認識をも改めさせられた。いくら球速で三橋に勝っても、ピッチャーとしてどちらが使えるかなんて、わざわざ阿部にきくまでもない。 「ストラーイク!」 今度は入った、と花井はほっとする。 8回表を0点に押さえ、花井はほっとしながらベンチに戻った。 「お、おつかれ さまっ」 三橋がおどおどど声をかけてきた。ああ、とそちらを向くが、声をかけてきた本人はきょときょとしていて目を合わせない。何かいいたいことがあるのか?と待っていると、「た 球 はやい ねっ」と目をそらしたまま言った。 「あー・・・でもコントロール悪いだろ」 なんとか無難な言葉を返すと、三橋はううんっ、とぷるぷると首を振った。 「そ、んなこと ないっ。阿部くんの ミット、すごく いい音 して たっ」 オレの 時は、あんな音、しない よ。 「花井、次、打順だぞ〜」 その時かけられた、水谷の能天気な声に、花井は心底助かった!とばかりに、そそくさとその場を後にした。
監督と阿部の説得と、エースナンバーを与えられたことで、三橋は控え投手のことは納得したはずだった。 中学で孤立しようと3年間マウンドを譲らなかったことを思えば気持ちはわからなくもないが、それにしても腑に落ちない点がある。 (譲りたくないのはマウンドじゃなかったのかよ) そういえば、花井や沖は試合で阿部と組むことがあるが、三橋は練習の時しか田島とは組まない。 「本当はそうなんだけどねぇ〜」 と困ったように笑って言っただけだった。 本当はそうしたほうがいいけれどそうしないというのは、阿部か三橋のどちらかがごねているということだ。いや、今の状況を考えれば、ごねているのは三橋か。 別にマウンドだろうと阿部だろうと、とる気はない。まったくない。 そして花井の心配は、見事に的中してしまった。
もうすぐ午後の試合が始まるというのに、阿部も三橋も帰ってこない。 チッと舌打ちして、探してくる、と出て行った阿部もそれっきり、帰ってこない。 それほど遠くは行っていないはず、と適当に探していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「テメーいいかげんにしろよ!」 いたいた。声を頼りに進むと、潅木の間から二人の姿が見えた。 「お前が好きだって何度も言ってるだろ!」 阿部の言葉に、花井はおもわず息を止めてしまった。 「オレの ことは、ど、同情、だったんで しょっ」 二人に気づかれないように細々と息を吐きながら、花井は混乱していた。 「だって、あべく、すごく、た 楽しそうに、タマ、捕ってたっ」 べそべそなきながらも、三橋の言葉には恨みがましい口調がにじんでいる。 「オレがいつ楽しそうなカオなんかしたよ!?」 普段の二人からはとても想像できないが、これはれっきとしたケンカだ。 「オ、オレ の 時より う、嬉しそう だったっ!」 勢いよく涙を飛ばしながら、三橋が言い募る。涙って飛ぶんだな。 お前らケンカしているんだよな? 花井の心中など知る由もなく、言い争いはますますヒートアップする。 「あべく、は、オ、オレなんか より、は 花井君の方が いいん でしょっ」 いきなり名前をだされて、花井は顔をひきつらせた。 (おいおいおいー) ますます入っていきづらくなってしまった。できればこのまま放って立ち去りたい。 「誰もンなこと言ってねーだろ!」 左手でぐしぐしと涙を拭っている一方で、右手は阿部の手をしっかりと握って離さない。 お似合いってなんだよお似合いって。 「だから・・・ッ!」 これ以上どういえばいいのか、さすがに阿部も困り果てたようだった。 (げっ!) 思わず声をあげそうになってしまった。 「オレにはお前だけだって言ってんだろ!どうしたら信じてくれんだよ!」 (何やってんだよ阿部!?) 花井は心の中で悲鳴をあげたが、三橋には効果があったらしい。 「・・・ほんと に?」 腕の中でおとなしくなりながら、三橋が小さな声で聞いた。 「おお。お前以外の奴なんて考えらんねーよ」 阿部の言葉に、三橋は顔を上げた。プロテクターをつけた胸に抱きこまれたせいか、汚れが頬にくっついているが、本人はお構いなくひたむきな瞳を阿部に向けている。 「オ、オレもっ、あべくんだけ だっ・・・あべくんが いいん だっ」 すっかりきらきらした目になった三橋の頭を阿部は抱き寄せた。花井がいる場所からだと、二人の身長差のせいか、阿部が三橋の額にキスしているみたいにみえた。 「ならもう、オレが誰と組んでもつまんねーヤキモチなんかやくんじゃねーぞ。オレはお前のキャッチャーなんだからな」 二人は抱き合ったまま、額をくっつけて見つめあった。 (・・・・・!?) 口が叫び声の形に開いたまま、呼吸が止まった。 たぶん見間違いだろう。見間違いに違いない。見間違いだと思いたい。 もうそれ以上はとても見ていられなくて、花井はよろよろとその場を離れた。 なんかもう・・・力ぬけた。やべぇ。 花井が戻ってしばらくしてから、先刻までとはまるで違う雰囲気で戻ってきた二人を遠目に眺めながら、今後この二人のいさかいには金輪際かかわるまい、と彼は心に誓ったのだった。
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