アオイホノオ

 

 

 

 

「越前、今度の日曜だけど7時に迎えに行くから」
「ウィッス」
「おまえなー、せめてもーちょっとうれしそうなカオとかできないわけ?」
「これが地っすよ」

 

 

 

部活後の部室。着替えでばたばたして誰も聞いていないような、
そんなやりとりを交わす二人を、菊丸はじーっと観察していた。

「ねーオチビってさぁ、ほんとに桃のことアイシテルのー?」

声を潜めるでもなく、出し抜けに飛ばされた菊丸の質問に一瞬しん、と
静まり返った一同は、何を思ったかそそくさと帰り支度を急ぎ始めた。

天真爛漫、思ったことは何でも口にする菊丸を止めることのできる
大石は、今は手塚と一緒に竜崎顧問のところに行っている。

「だっておまえら全然恋人同士って雰囲気じゃないもん。二人でいても
オチビはいつも仏頂面だし。ケンカしてもいつも桃があやまってるし。
だいたい、オチビが桃を見る目、恋する者の目じゃないよ絶対!」
「英二先輩」

困ったように声をかける桃城にきっと振り向いて菊丸は続ける。

「桃だってさ、もっと恋人らしくしたいとか思ってるでしょ?」
「いや・・・それは」

言いよどむ桃城の後ろで、フンと鼻を鳴らす音がした。
長身の後ろから制服に着替え終わった小柄な後輩がひたと菊丸を
見据えていた。

(うっ・・・)

一年坊主のくせに何、この威圧感。いつもなら「なまいきーっ」と
ヘッドロックをかまして髪をくしゃくしゃにかきまわすのだけど、
今はそれもできない。

リョーマは一瞬で怯んだ菊丸を冷たい目で見ると、ばかにしたようにせせらわらった。

「じゃあ何か、菊丸先輩みたいに所かまわずべたべたしなきゃ
恋人じゃないんすか?」

鋭く斬りつけられて菊丸はその場に立ち尽くす。

「たとえ先輩の目にどう映ろうと、桃先輩が選んだのはオレだから」

菊丸の顔をひたと見つめたまま、つきつけるつけるようにそう言うと、
お先失礼しまっす、とさっさと部室を出て行った。おい越前ッ、と桃城が
ばたばたとその後を追いかける。

後には固まったまま呆然とする菊丸と、一部始終を聞いていた不二が
残された。

「な、なんだよあれ・・・俺あいつを怒らせるようなこと言った?」

俺はただ、オチビがもっと素直になれば二人とも幸せに
なれるんじゃないかと思って言っただけだったのに。

菊丸は普段かわいがっている後輩のおもわぬ反撃に泣きそうになっている。

「怒らせるっていうかね・・・うーん」

蒼い炎は熱い、ってことかな。
不二はくすりと笑った。

「まあ、後は桃にまかせておけば?
もっとも――今ごろは痴話喧嘩の最中だろうけどね」

 

 

 

 

 

 

「おい待てって!」

部室から校門に向かう途中で、半そでからすらりと伸びる細い腕を掴んだ。

「何カリカリしてんだよ。英二先輩にありゃねーだろ」

確かにおせっかいかもしれねーけど、俺たちのこと心配してくれてんだから。
たしなめる桃城の言葉に、掴んだ腕がぴくりと反応した。

「・・・菊丸先輩の肩もつんだ」
「は?」

意味がわからず聞き返す桃城をよそに、リョーマは腕にぐっと力をこめると、
腕を掴んでいる手を振り払った。

「なら菊丸先輩みたいに素直に甘えてくれるひとのところに行ったら?
オレ、桃先輩なんかアイシてないし」

こちらに背を向けたままそう言って、行こうとする腕を再び掴んだ。
今度は抵抗しようが離さず、そのまま建物の隅に連れて行く。

「離せッ・・・」

暴れる身体を引き寄せて抱きしめた。胸に押しつけている顔が今どんな
表情をしているかなんて、見なくてもわかる。だからあえて顔をあげさせようと
しなかった。プライドの高いこいつは、きっと見られたくないだろうから。

「何でそこで英二先輩が出てくるのかわかんねーけどな、」

小刻みに震える背中をあやすようにぽんぽんとたたいて、桃城はため息混じりに
話しかけた。

「おまえが言ったんだろ。周りがどう思おうと、俺が選んだのはおまえだって」

それにちゃんとわかってる。今度の日曜日のことだって、実はすごく楽しみにしているんだとか。
照れている時に限って憎まれ口をたたくんだとか。 無理難題をつきつけるときは
たいてい かまって欲しい時だとか。

だが、つきあっていてもわからない部分というのはやはりあるらしい。

「だったら、信じさせてよ」

桃城の背中のシャツを皺になるほどぐっと握り締めて、リョーマは顔を上げて
桃城を見た。見ていると吸い込まれそうな、大きな瞳。涙で潤んではいるものの
決して曇ることのない挑戦的な光を帯びて桃城を見つめている。

あんたの心にいるのはオレだけだって。欲しいのはオレだけだって。
あんたの全てはオレだけのものだって証明して。

喉元につきつけるような言葉と視線に、桃城も真顔になる。

「――その言葉、後悔すんなよ」

肩を抱く手に、ぐっと力がこもった。

 

つづく