ヒメゴト

 

 

部活後の部室には秘密の香りがする。

 

桃城はその日はちょうど委員会の用事で部活に出られなかった。
一応部長にはことわっておいたものの、少しは出られるかも、
とおもっていただけに、 なかなか意見がまとまらずにずるずると
長引いた 委員会が恨めしい。

(越前も帰っちまっただろうなー)

越前には昼休みに言いに行ったのだが、「そうっすか」 の一言で
すまされた。
別に終わるまで待ってるなんて言葉を期待していたわけではないが…
もうちょっと 他に言うことはないのか。
これでも俺たちつきあってんだぜ?
まあ、確かに俺から告って、しかもまだキスだって・・・数えるくらいしか
してないけど、よ。

もうだれもいないだろーなぁ、とおもいつつ、足はついつい部室に向いて
しまう。とっくに帰っているとはおもいつつ、もしかして、なんてはかない
期待をしている自分をいじましくおもいながら、こころもち歩調を早くする。
部室まで数メートルというところまできて、桃城はふいに足を止めた。
部室から明かりがもれている。
あの副部長が電気をつけっぱなしで帰るはずはない。
ということはまだ残っている奴がいるのか?
まさか――と鼓動を高鳴らせつつ、ドアノブに手をかけた――
だが、桃城の動きはまたもやそこで止まってしまった。

ぼそぼそと交わす話し声が聞こえる。話し声?それにしては様子が変だ。
荒い息遣いとうめき声のような断続的な声。くすくす笑う声。
それも、桃が聞き間違えるはずもない声だった。

(越前!?)

「くすぐったいっす・・・」
「そうか?じゃココはどうだ・・・?」
「あっ・・・ソコ・・・ッ」
「ここか?ここがいいのか?」
「んっ・・・んんっ・・・イイ・・・もっと・・・もっと、強くして・・・」
「まだ一年のくせに・・・こんなに固くしてたら先が思いやられるぞ」
「だって、桃先輩、してくれない、し・・・ぁあ・・・っ」

桃は真冬に冷水をぶっかけられたようにその場に凍り付いていた。
声は越前と・・・大石副部長だ。
まさか・・・大石と越前がまさか、そんな・・・
桃の頭の中は一度真っ白になり――次に真っ赤になった。

(許せねぇっ!)

そうおもったのは、一体どちらに対してだったのか。

 

 

 

「越前ッ!」

バンッと勢い良くドアを開け、中に踏み込む。
そこにいたのは――レギュラージャージを床に敷いてうつぶせに
寝そべっている越前と、小柄な後輩に体重をかけないようにと
馬乗りになっている大石だった。

「・・・何、してるんっすか」

問い掛ける桃城の声のトーンは、低い。
普段快活でひとなつこい桃城なだけに、本気で怒ったときには
かなり迫力がある。ましてや今の桃城はキレる寸前という表情
をしていた。

「ま、待て桃っこれはッ」

桃城から発される不機嫌のオーラに大石は慌てた。違う違うと
両手を振りながら弁明しようとする声を、平然とした声が遮った。

「桃先輩、まだ残ってたんすか」

越前は無表情に桃を見上げただけだった。
桃城の無言の視線に急いで越前の上からどいた大石に
「どもっす」といってさっさと立ち上がり、桃城に背を向けると、
何事もなかったように制服に着替えだした。

「・・・」
「マッサージしてたんだよ!桃が誤解するようなことは一切してないっ」

大石が先ほど遮られた弁解をする。
桃は呆然と目を見開いた。

 

「・・・マッサージ?」
「ああ。俺は親父によくやらされるから得意なんだ。
それに、こういうのは覚えておいて損はないだろ?
で、さっきやり方を教えついでにマッサージしてたんだよ」

大石は必死だ。この様子からすると、彼の言っていることは
たぶん本当なのだろう。

だがふつー、三年にマッサージさせる一年がいるか・・・?

越前のあまりの横着さに呆れ返っているうちに、本人はさっさと
制服に着替え、

「大石先輩お疲れっす。桃先輩帰りましょ」

まるで送っていくのが当然とばかりに、俺を見上げた。

 

 

「・・・何怒ってるんすか?」

自転車での帰り道。いつもは何かと大声で話し掛けてくる桃城が
今日は一言もしゃべらない。

「ねぇ」
「・・・別に怒ってねーよ」
「じゃあ何で黙ってるんすか」

いつもならこっちが怒ってよーが何しよーがお構いなしの越前が、
今日に限ってからんでくる。

コノヤロウ。俺にだって人並みに嫉妬心とか独占欲とかはあるんだぜ。
束縛されるのを嫌がりそうなおまえのために、あえて物分りの
いいふりをしてるのがわかんないのかよ。

桃城だって男だ。触れるようなキスだけじゃ物足りない。部室で二人きりの
ときなんか、あの細い手足を押さえつけて無理やり犯してしまいたい衝動に
何度かられたことか。

でも越前を傷つけたくはなかったし、自分のエゴで彼をがんじがらめに
縛りつけたくもなかった。いずれは先の関係に進みたいとおもっていたが、
しばらくはまだ越前の目から見た「桃先輩」のままでいようとおもったし、
時がたって関係が進めば越前だってわかってくるとおもっていた。

先刻、越前と大石を見たとき、桃城は思い知らされた気がした。
――つまり、俺は自分が考えているほど余裕なんかなかったってことだ。

自分が越前を思っているほど越前が自分を思っているとはおもえないし、
何もせずにいるうちに、いつか誰かにかっさらわれていくんじゃないかって。
今、口を開けばきっと、越前が一番聞きたくないことばかり口走ってしまうだろう。

そんな桃城の心境も知らないでか、口を閉ざす桃城の耳を細い指がぎゅーっと
ひっぱる。

「ねぇってば!」

あくまで口を割らせようとする越前に、桃城の忍耐の糸がプツリと切れた。
前を向いたまま、顔面に当たる風に負けじと声を張り上げる。

「じゃあ言うけどな!俺以外の奴を見るな。他の奴と楽しそうにしゃべるな。
二人きりになるな。気やすく身体をさわらせるな。わかったか!」

しばらく沈黙があった。越前はきっと嫌な顔をしているだろう。そう思った。
ところが。

「・・・桃先輩、それって独占欲?」

返ってきたのは不思議そうな、なんとも悠長な質問だった。

「うるせー。悪いか」

桃城はやけになって叫ぶと、乱暴にペダルをこぐ足を速めた。
そんな桃城に越前は呆れたように呟く。

「・・・別に悪いなんて言ってないじゃん」

桃城の肩にかけた小さな手に、僅かに力がこもった。

「ねえ桃先輩」
「あ?」

「マッサージ、してあげようか?」

つづく
裏越前屋へ


はい、マッサージネタです。桃リョ初Hねたともいう・・・。
あまりにお約束ですみません;でもやってみたかったんだよー(笑)