お花見 1
鴆は幼なじみで、義兄弟で。 いつだって自分の一番の理解者だった。 最初に盃を交わしたのも、最初に鬼纏った相手も鴆だった。 血はつながっていないのに肉親のように近しい彼に淡い想いを抱いたこともあったが、 そんなものは気の迷いだと、想いがつのる前に踏みつぶした。 何も言わなくても、鴆はずっとそばにいて、自分だけを見ていると、そう信じていた。
枝垂桜が咲く頃、月が出る頃から本家で催される、毎年恒例の花見の宴。 「リクオ様、ささ召し上がってください」 「三代目、次は私がお注ぎしますわ♪」 若き三代目の周囲では、誰がその隣に座るか、誰が酌をするかで、女妖怪たちが熾烈な戦いを繰り広げていた。 古参の貸元たちもうかつに近づけないその輪の中には、もちろん側近頭のつららや、凛子の姿もある。 飲み干す度にすかさず注がれることに内心閉口しながら、リクオは義兄弟の姿を探した。 にぎやかに皆と飲むのももちろん好きだが、そろそろこの輪を抜け出して、 自分のペースで飲みたかった。 鴆が相手であれば女たちも遠慮するだろうし、常にリクオを気にかけている彼であれば、 この休みなしに酌を受ける状態から救い出してくれるはずだ。
ところが。 目で探してやっと見つけた鴆は、リクオ同様に化猫女たちに囲まれていて、やはり飲むたびに酒を注がれていた。 おそらく化猫屋の店員であろう女たちは、酌をしながら鴆の腕を抱いたりしなだれかかったりしていて、 鴆はその馴れ馴れしい態度に怒るどころか、頬を上気させて上機嫌に笑っている。 すでに目で殺さんばかりの形相で睨みつけているリクオの方など、見向きもしない。 その時鴆の腕を抱いていた女が真っ赤なマニキュアをした指で鴆の頬をなぞり、 何事かを囁きながら顔を近づけると、マニキュアと同じ色をした唇を唇の端に押しあてた。 鴆は口紅の痕をつけたまま、女に艶めいた笑顔を見せている。
突然、理不尽な怒りでリクオの腹の底は煮えくりかえった。 目を座らせたまま、手を伸ばして誰かの酒瓶をひったくり、手酌で大盃になみなみと注ぐ。 「三代目ッ、それ百度の泡盛…ッ」 誰かの焦った声がしたが、もう遅かった。 喉に流し込んだ途端、灼けつくような痛みを感じ、次にカッと身体が熱くなった。 一気に他の五感が遠のいた。 リクオは盃に注いだ酒全部を飲み干すと、星が飛び交う極彩色の視界の中、再び手を伸ばした。 やみくもに伸ばした手が、スウェットの生地とパーカーの紐らしきものを鷲掴みにし、力任せに引き寄せる。 あるいは自分から顔を近づけたのか。 ガチッと歯が当たる音と共に唇の柔らかい感触が唇に触れた―― かどうかを確認する前に、リクオの意識はそこで途切れた。
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