花に蝶
1 奴良組本家では年中宴会をしているが、総大将の誕生祝いの宴は当日を挟んで一週間は続く。 今年の9月23日は連休の最終日。妖怪に休日は関係ないが、 リクオの学校が休みであるため、連休中はたくさんの妖怪が本家に訪れ、宴に参加した。 鴆は土曜の夜から本家に泊まり、日曜日の総会と宴に参加して、夜に薬鴆堂に戻った。 幹部のほとんどは月曜の明け方にひきあげて、夜は主に内輪での宴会になるし、 診療所を長く留守にするわけにはいかないからというのが鴆の言い分だ。 そんな彼を送っていくと称して、夜半近くに薬鴆堂に向かう朧車にリクオも同乗した。 下僕を送る主など他では聞いたこともないが、 リクオが宴の最中に姿をくらますのはいつものことなので、誰も気にしない。 鴆の居室に足を踏み入れると、衣桁(いこう)には見事な羽織が掛けられていた。 鴆が着るんじゃないだろうな、と思えばやはり、あんたの誕生祝いだ、 と鴆は羽織を衣桁から外してリクオに羽織らせた。 山吹色の正絹(しょうけん)に、女物と見まごう華やかな染めと刺繍が施されている。 桜吹雪に銀色の蝶。あざやかな色合いは、まだ若いリクオの整った顔立ちにも、 彼が持っているさまざまの長着にもよく似合った。 もちろん、今着ている、黒の長着にも。 想像以上に華やいだ主の姿を、鴆はうっとりと眺めた。 桜はリクオを想起させる花。蝶は復活や不死を意味する縁起のいい柄だ。 「もったいなくて、出入りには着ていけねえな」 お前がくれる着物はいつもそうだ、とリクオは小さく笑う。 「別にどこで着てくれてもかまわねえが、一度はこの姿を総会で見せちゃくれねえか」 幹部たちが勢ぞろいする場所で、自分が贈ったこの羽織を着たリクオを見せびらかしたいなど、 自己満足以外の何物でもないけれど。 鴆の望みに、リクオは艶やかに微笑んだ。 「見飽きるまで着てやるよ」 桜の花が綻ぶような微笑に、鴆の両手は無意識に肩にかかり、羽織ごと引き寄せる。 蝶が花に触れるように、桜色の唇にくちづけた。 何度か形のよい唇をついばみ、そっと舌を差し入れる。 「んっ…」 柔らかい舌の裏側を舐めると、白い喉の奥から甘い声が漏れた。 湧き上がる衝動に、羽織の上からリクオを抱きしめ、 鴆は、困った、と吐息混じりに呟いた。 「もったいなくて脱がせられねえ」
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