もっと見たいよ
2 日が沈むのが早くなったせいか、最近は早い時間に夜の姿に変化する。 夜の姿で宿題を済ませ、夕食を済ませて出かけようとしたら、母さんに呼び止められた。 「リクオ、鴆さんのところに行くんでしょ? これ、焼きたてだから。二人で食べてね?」 暖かいケーキの箱を渡された。 鴆のところに行くなど、一言も言っていないのだが。 ほとんど毎日本家に顔を出し、今日もつい数時間前までここにいた男のところに行くなどと、どうして思ったのだろうか。 それが本当だとして、ついさっきまで会っていた男にまた会いに行くなんて、変に思わないのだろうか。 だが若菜はリクオがケーキの箱を受け取ると、にっこり笑って「行ってらっしゃい」と手を振る。 リクオは何を言っていいかわからず、ただ「おう」と返事することしかできなかった。
毎日のように会いに来てくれているのに、こっちからも会いに行くなんて、自分でも変だと思う。 これではまるでラブラブな恋人同士みたいだ。 リクオは蛇ニョロの上でケーキの箱をしっかりと抱えたまま、火照った頬を夜風に当てた。 秋の夜風はだいぶ冷たくなったというのに、頬の熱はなかなか冷めなかった。
出がけに焼きたてのケーキを渡されて、どこかへ寄り道するわけにもいかないから、 まだ仕事中かもしれないと思いつつも、まっすぐに薬鴆堂に向かった。 「よう、今夜は早えじゃねえか」 鴆は居室で薬を作っていた。文机の上にはすり鉢と秤、その周りには薬草や和綴じの本が散らばっている。 「母さんにケーキ渡されたんだ。仕事してていいぜ」 「そうか?じゃあちょっとだけ待っていてもらってもいいか?」 組員を呼んでケーキを渡し、酒の用意を頼んで、鴆は仕事に戻った。 リクオは部屋の壁に寄りかかり、こちらに背を向けて、真剣な表情で仕事をしている鴆の後姿をじっと見つめる。 背筋を伸ばし、きちんと正座して、よどみない手つきで薬を調合していく様子は、とてもかっこよく見えた。 薬師一派の羽織を纏った、今のリクオよりも華奢なはずの背中は、なぜか頼もしく、すがりつきたい衝動すら覚える。 リクオはその背中をぼんやりと眺めながら、つい数時間前、この背中に縋り付いていた時のことを思い出していた。 頭の芯までとろけるようなキス。 くずおれそうな身体を力強い腕が支えて、しがみついた背中は暖かくて頼もしかった。 あの背中に、直に触れた時の体温と感触を、自分は知っている。 ここに来る度に、何度もあの背中にしがみ付いた。 どちらのものかわからない汗で滑って、夢中で爪を立てたこともある。 最中の荒い息遣いまで思い出して、リクオはそれまで見つめていた背中から目を逸らした。 真面目に仕事をしている男を見て、自分は何を考えているのか。 畳の目でも数えて気持ちを落ち着けようと思っていたら、目の前が陰った。 いつのまにかすぐ目の前に鴆がいて、心臓が跳ねた。 熱くなった頬を、大きな暖かい手が包み込む。 「んな物欲しげにみつめられちゃあ、おちおち仕事もできねえよ」 苦笑しながら見つめる緑の目は、優しい。 その顔が近づいて、小さな音を立てて唇を吸われた。 「オレが欲しくなった?」 甘い声で囁かれて、また心臓がトクンと鳴った。 でもシラフで欲しいなんて言えなくて。 「ケーキ」 そろそろ食わねえか、と言い訳めいた言葉を口にすると、鴆はまた苦笑した。 「悪いが、あんたを先に食わせてくれ」 返事をする前に、再び唇を塞がれてしまった。
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