桜に牡丹



「そうしていると、桜に牡丹だな」

奴良組本家で催された花見の宴。
気がつけば、リクオの姿がなかった。
もしやと思って、彼のお気に入りの枝垂れ桜のところに来てみれば、
案の定、彼はいつもの太い枝に腰かけ、花越しに満月を見上げていた。

こちらを振り向いた三代目に、鴆はニッと笑った。

「綺麗どころが探してたぜ。リクオ様はどちらにってな」

そう言いつつも、真っ先にリクオを見つけた鴆の言葉に、彼は苦笑した。

「宴の最初から休みなく注がれたからな。酔いを冷ましてた」

珍しく早い時間から夜の姿になったリクオに、皆――特に女性陣が喜んで、それこそ花に群がる蝶のように、この若く美しい妖怪の主のそばにはべり、次々に酌をしたのだ。最初にリクオの隣にいた鴆はもとより、初代総大将すら見向きもされず(もちろん、多くの強面の貸元達には注がれていたが)、ずいぶん拗ねていたのを思いだす。
自分の容姿にも、女にちやほやされることにも頓着しない男は、それより牡丹て何のことだ、と頭上から問いかけた。

「知らねえで着てんのか。お前が着ている、表が白、裏が紅梅の襲(かさね)の色目を牡丹って呼ぶんだよ」

今日のリクオは白の小袖の下に紅梅色の襦袢を着ている。
枝の上で無造作に片膝を立てているので、赤い襦袢とその下からのぞく白いふくらはぎが、下にいる鴆の目の前に惜しみなく晒されていた。
ふくらはぎは固く引き締まった筋肉をつけていながら、優美で官能的な曲線を描いている。
風が下から少し吹けば、あるいは枝の真下から見上げれば、無防備な内腿まで見えてしまうかもしれない、きわどい体勢だった。
鴆の目がふくらはぎの白さに釘付けになっている間に、リクオは、ふうんと興味なさげに相槌をうつ。

「そんなん知るか。つららが用意したのを着ただけだからな」

何気なく出された名前に、鴆の心の奥がチクリと痛んだ。
ばかばかしい嫉妬だとわかっている。いつも彼の側にいる者たちにいちいち嫉妬していたらきりがない。
だけど、これだけ無頓着だと心配にもなる。
いつもとは違う装いの彼に、心を騒がせた者がどれだけいるのか、本人だけがわかっていない。
普段の墨色に白の着流し姿の彼は、潔く儚い桜を思わせる。
彼が今腰かけている枝垂れ桜は彼そのものだ。
だが今の彼はどうだ。女物を思わせる赤の襦袢をのぞかせながら、女々しさや、ましてや滑稽さは微塵も感じられない。
彼自身が放つ男気や色気が、鮮やかな色の襦袢を纏うことによって、力強いあでやかさとなって見る者を惹きつけた。

百花の王。そう、今のリクオは桜というより牡丹だ。
昔から獅子と合わせて刺青の意匠に好まれるほどに任侠者を惹きつけてきた、男気を示す赤。
リクオは意外と赤が似合う。
そういえば、いつか紅色の羽織を着ていたこともあった。

そんなことを考えながら、どれだけ長い間彼に見惚れていたのか。
気がつけば、リクオは着物の裾を翻して木の上から降り立ち、鴆に背を向けて立ち去ろうとしていた。

「戻るのか」

宴会へ。鴆が声をかけると、振り返りもしない彼から、なぜか不機嫌そうな声が返ってきた。

「着替えてくる。似合わねぇならそう言やいいだろ」

黙りこくって、じろじろ人のこと見やがって。

どうやらすっかり誤解して拗ねてしまったらしい恋人の後を追い、鴆は数歩でその背中を捕まえた。
大人しく留まった愛しい背中を両腕で抱きしめる。

「見惚れてたんだよ。それに…あんたの着物を脱がすのはオレの役目だろ…?」

白い貝殻のような耳に熱を吹きこむように。
艶を帯びた声で囁けば、腕の中の身体が小さく震えた。