下帯物語
幸か不幸か、会議の議題には事欠かない昨今の奴良組である。 すんでのところで議題は別のものに変えられ、落書きされまくった三代目の下帯が総会でさらされることはなかった。 だが騒ぎの張本人である鴆とリクオはもちろんそれだけですむはずがない。 二人は総会の後、道場の板張りの床の上に並んで正座させられ、足の感覚がなくなるまで牛鬼に説教された。 「奴良組三代目ともあろう者が破廉恥極りない。 鴆、本来なら義兄弟で年長でもあるお前がリクオを導いてやるべきであろう。それを…」 文字通り鬼の形相をした牛鬼はなおも二人を叱責し、朝までここで頭を冷やせと言い置いて、ようやく道場を出ていった。 足音が遠ざかると、二人は同時に床に転がった。 「くそっ…足の感覚がねえ…てめーのせいだぞ、鴆っ…」 「ウッ…さわるなッ…牛鬼の奴、容赦ねえな…」 二人ともだらしなく転がったまま、しびれた足がぶつかっては悲鳴をあげた。 芋虫のような状態の彼らの頭上には、例の下帯が、掛け軸か何かのように縦に拡げられていた。 「…本当に京都や四国まで飛んでいったのかねえ。信じらんねえな」 「この変な歌は明らかに白蔵主だろ。赤字は玉章か…あいつら、ひとの下帯に好き放題書きやがって」 じんじん痺れる足を中途半端に浮かせたまま、リクオが恨めしげに下帯を睨み上げる。 その目元がやけに色っぽくかわいらしくて、鴆は首を伸ばすと、リクオの目の端に溜まった涙をぺろりと舐めた。 「そんなことより、今夜も満月だぜ?おまえの蛇ニョロでまた出かけないか」 「…おめー、学習能力ねえな」 この鳥頭。と憎まれ口を紡ぐ形のよい唇を、鴆のやや肉厚な唇が覆う。 引き離そうと鴆の肩に置かれた手は、秘めやかな水音を立てて啄むような口づけを繰り返すうちに、いつのまにか縋りつく動きに変わった。 衣擦れの音と共に、鴆はリクオに覆いかぶさった。 口づけだけで甘く息を乱している恋人をもっとかわいがってやりたくて、帯に手をかける。 一方リクオは、優しい雨のように何度も与えられる口づけが気持ちよくて、もっと触れて欲しくて。 帯を緩める動きに協力しながらも、睦言のような抵抗の言葉を口にする。 「やめろって…こんなところ、牛鬼に見られたら…」 「見られたら、何だというのだ」 頭上で聞こえた低い低い声に、二人は抱き合ったまま、凍りついた。 言うまでもなく、声の主は様子を見に戻ってきた牛鬼である。 「どうやら、私の言葉が足りなかったらしいな」
道場にこの日二度目の雷が落ちた。
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