ばれんたいんその後





障子の向こうで、わずかにためらう気配があった。
この部屋を出る前のやり取りを思い出し、平静を装おうとしているのだろう。
リクオの心中を思えば微笑ましいが、盛大に雪が降っている今夜は、廊下は外と同じくらい寒い。
そんなところにいつまでも立っていては風邪をひく。

「リクオ?酒の用意はできてるぜ。早く来いよ」

声をかけると、鴆の着流しと羽織で身を包んだリクオが入ってきた。
ここに来た時、頭のてっぺんからから足のつま先まで冷え切っていた身体は、湯につかったおかげでかなり暖まったようだった。
真冬の月を思わせる美貌を形作っている頬も、
見慣れた自分の着物から覗く胸元や手足も、ほんのり桜色に染まっている。
こちらの様子を窺うような、警戒心を押し隠した固い表情をしている百鬼の主に、
鴆は先ほどのことなど忘れたように、徳利と猪口を掲げて見せた。
半月ぶりくらいだよな。何してたよ?などと水をむければ、リクオはようやくほっとしたように猪口を受け取り、酌を受けた。

それからしばらくはお互いの近況を話しながら酒を酌み交わした。
冬の間は妖怪たちもおとなしいから薬鴆堂も割と暇だとか、もうすぐ期末試験の勉強でまた来れなくなるとか、じゃあその間出入りがなければいいなとか、それはそれでつまらねーとか、そんなたわいない話をした。

「リクオ」

やや熱めの酒がリクオの身体を温め、心から構えや緊張がなくなったのを見計らって、鴆はリクオの首の後ろに手をまわした。
そのまま、うっすらと上気した顔を引き寄せる。

「鴆・・・?」

直前まで膝をつきつけるような距離で飲んでいた相手である。
酒が入っていたこともあって、すっかり警戒を解いていたリクオは、どうかしたのかと、顔を寄せた鴆を見つめ返した。

無防備な桜色の唇を奪うことは、容易だった。
驚きに目を見開き、何か言おうと開いた唇の間から舌を差し込み、含んだ酒を流し込む。
コクリと喉を上下させて嚥下するのを待って、さらに深く唇を重ねた。
歯列や口蓋の形を確かめるように舌でなぞり、舌の裏を舐め上げて、最後に戸惑う舌を捉えて絡めた。

「んん…っ」

絡めたまま唾液を吸い上げるように強く吸うと、リクオの手が縋るように鴆の両袖を掴んだ。
何度か角度を変えて唇を貪っているうちに、腕の中に収めた身体から力が抜けて、鴆にもたれかかってきた。

「今日、泊まっていけるよな?」

あらかた乾いた、手触りのいい髪を梳きながら、鴆は色づいた耳元に囁いた。

「チョコも嬉しかったけどな…まずはあんたを先に食わせてくれよ」

欲望を滲ませた声でそう請えば、抱いた肩がぴくんと震えた。




つづく

呑気な世間話をさせてしまったけど・・・真面目な話をふるとリクオの酔いが醒めてしまうんで::

裏越前屋