夜ドラ



子供の頃に、何度か一緒に遊んだことがあった。
父親が殺された後に、若頭になったばかりの彼と再会したが、とても百鬼を率いる器があるようには見えなかった。
夜の姿の彼も、大きな畏は持っているが、彼の戦い方は外見の何倍も危なっかしくて。
大将の器を見極めるつもりで京都まで同行したはずが、いつの間にかすっかり目が離せなくなっていた。
京都にいる間にも彼はどんどん強くたくましくなって。
そうして気がつけば、リクオは猩影の心の中に上がり込んでいた。



総会の後、猩影は適当な頃合いを見計らってそっと宴会を抜け出した。
父親に似て、猩影もあまり酒が強い方ではない。
本家の枝垂れ桜は細い枝に堅い蕾をたくさんつけて、夜風に揺れていた。
これらの堅い蕾がふた月もしないうちに、どんなに見事な花を咲かせるのか、
この桜を満開の時期に見たことがない者が想像するのは難しい。
リクオも再会した時は、堅い蕾だった。

「何か面白えもんでも見えんのかい?」

ちょうど心に思い浮かべていたその人の声に、猩影は肩を揺らした。
声を発するまで、微塵の気配も感じさせなかった。
振り向くと、ついさっきまで昼の姿で挨拶を受けていたリクオが、今は夜の姿で立っていた。
一体いつからそこにいたのか。人の悪い主(あるじ)は悪びれず、猩影を見上げてニッと笑う。

「花見にゃまだ早いぜ」

「…驚かさないでくださいよ」

彼がそういう妖怪だということは京都での戦いで承知しているが、それにしても心臓に悪い。

三代目はどうしてここへ?と問い返せば、彼は懐に手を入れて、ちらりと桜の太い枝を見た。
リクオがよくこの木に登って煙管(きせる)をふかしていることを猩影は知らない。
だから、彼も自分と同じく宴会を抜け出して、この花のない桜を眺めに来たのだとおもった。

桜を見上げるその横顔は、冷たさを感じるほど整っていて、白い肌は内側から光り輝くようだった。
夜の姿でもなお猩影より若い彼の顔には、匂い立つような色気がある。
顔だけではなく、首筋、襟元、そしてちょっとした動作も、出会った時に比べて艶めかしくなったような気がする。
彼の強さと男気を今では認めているし、決して彼を貶(おとし)める意味ではないのだけれど。

男として惚れているだけに、こののままそばにいれば、つい不埒なことを考えてしまいそうだ。
それじゃオレはこれで、と立ち去ろうとした猩影を、

「猩影」

リクオが呼びとめた。

「お前との鬼纏、よかったぜ」

猩影の心臓が跳ねた。
リクオが蠱惑的なまなざしで猩影を見上げている。

「アレって身体の相性もあるんだろうな。すげー気持ちよかった」
「!?」

一体何を言い出すんだ、この人は!?

ぎょっと目を剥く猩影の動揺も知らずに、リクオはその時のことを思い出しているのか、どこか恍惚とした表情をしている。

「おめえのでっけぇ熱に包まれてよ。鬼纏を解いた後もしばらく身体が熱かったぜ…またやりてぇな。」

もうたまらなかった。

リクオの言葉を聞いているうちに、すっかり心も身体も熱くなってしまった猩影は、自分でもわけのわからない衝動に突き動かされて、気がついたらリクオの身体を抱きしめていた。
想像以上に華奢な身体だった。背は猩影の胸くらいまでしかなく、背中も腰も腕も、どこもかしこも細い。百鬼の先頭にいる時にはもっと大きくたくましく見えたものだけれど、こんな小さな身体を張って戦っているのかと思えば、忠義とは別の、胸を締めつけられるような感情がどっと押し寄せてきた。

「オレが…オレがあんたを守る。だからっ…」

猩影に抱きしめられても、リクオは抵抗しなかった。顔じゅうに口づけられても、首筋を啄んでも、くすぐってぇよ、と笑うだけだった。
拒絶されないということは、自分でもよくわからないこの気持ちを許されたのだと思った。

だが形の良い唇を舌でこじ開け、細腰に巻かれている角帯を解こうとした時、リクオは初めて抵抗した。

「やめろ…それ以上はっ…」

唇を引き結んで顔を背け、帯にかかった手を止めようと爪を立てる。
猩影にしてみればそんな抵抗は、女子供のそれに等しかった。
常ならば、この時点で引いただろうし、そもそも主(あるじ)に襲いかかろうなど思いもしなかっただろう。
だがこの時猩影の理性は、完全に吹き飛んでいた。

猩影も、リクオに鬼纏われた時の感覚はもちろん覚えていた。
リクオが言っていたのと同じ悦楽を、猩影もまた感じた。
他で経験したことのない、やみつきになるような一体感だった。

その感覚を覚えているから余計に、リクオとまたひとつになりたいと、妖怪の本性が叫んでいた。

「猩影ッ!」

リクオは猩影の身体に爪を立て、押しやろうと暴れるがびくともしない。
太い桜の幹に身体を押しつけて角帯を解き、懐に手を差し入れると、堅くつぶった目の端から涙がぼろぼろとこぼれた。
いつになく幼く無防備なその表情を、すげー可愛い、とつい思ってしまった。

「い…やだ…鴆…ッ」

なぜそこでその名を、と疑問に思う間もなく、肩を掴まれた。
同時にごうっと風が渦巻いて、不穏な妖気が猩影たちを取り囲む。
肩にかけられた細い指は、無視できないくらいにぎりぎりと喰い込んできて。
振り向いた瞬間、頬に衝撃が走った。

「人のモンに手ェ出すたあ、いい度胸じゃねえか」

毒羽を物騒に渦巻かせた鴆が、拳を固めて猩影を睨みつけていた。




リクオを放せと、どすの利いた声で言われて、猩影は大人しくリクオを解放した。
鴆に頬を殴られた時点で正気に戻ったはずだったが、
リクオが涙の痕がのこる顔を俯かせたまま、乱された着物を直し、帯を締める動作に、やはりストイックな色気を感じてしまう。

けれど今は分かっている。彼の艶めかしい動作も表情も、すべて鴆のためのものだと。

「すみませんでした、三代目――それから鴆の兄貴」

猩影は二人に頭を下げた。

「でも三代目も気をつけた方がいいっすよ。オレみたく物分かりのいい野郎ばっかじゃねーし。誰彼かまわずさっきみたいに口説いてちゃあ、いつか痛い目に合いますぜ」

猩影の言葉に、リクオはひどく驚いた表情をして、それから心外だとばかりに眦(まなじり)を吊り上げた。

「オレは口説いてなんか」
「忠告ありがとよ。こいつにはオレからたっぷり言って聞かせとく」

リクオの抗議に覆いかぶせるように鴆が言い、リクオの手首をつかんで歩きだした。
大広間とは反対側、おそらくリクオの部屋か鴆に用意された部屋に行くのだろう。
リクオは鴆にひっぱられながら、離せよと文句を言っている。
うるせえ、と鴆が怒鳴りつけていた。これからひと悶着ありそうだ。

立ち去る二人の後ろ姿を見送った後、猩影ははー…とため息をついて、木の根元にしゃがみこんだ。
鴆に殴られた頬が、じんじんと痛む。

何で今まで気づかなかったんだろう。
思い返せば二人はいつも一緒にいて、リクオは薬鴆堂に頻繁に出入りしているとも聞いていたし、鴆は去年から毎回総会に顔を出している。京都でだってあれほど親密な、というかむしろラブラブなオーラを出していたというのに。

もっとも、今の今までリクオを恋愛の対象として見ていなかったのだから、気づかなかったのも道理かもしれない。

そこまで考えて、はたと思い当たった。

・・・まてよ。これってつまり、好きになった瞬間に失恋したってことか?

どうやらそうらしい。
まだまだ咲きそうにない枝垂れ桜の下で、猩影はしょんぼりと膝を抱えた。



つづく


裏越前屋


えーと、まともや「百千代」の富餅さまの猩影おたんイラストと日記の昼ドラ妄想をお借りして書いた話です。
いつも読者の妄想をかきたてる素敵なイラストと日記をありがとうございます。
この間全年齢向けサイト様に18禁話を押しつけてしまうという失敗をやらかしたばかりですが、
今回はあえてエロ無とエロのパートに分けてみました。
というかこれ全年齢向けで大丈夫かな…。