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「これ、そろそろ入れますか?」
「うん、そうね。お願いしていいかしら」
「はい」
すっかり暗くなり、大学に行っていた涼介と、病院で仕事をしてきた戸籍上の家主が帰宅し、キッチンでは母親と拓海が今夜の夕飯の仕度をしている。
先程からいい匂いが漂い、啓介の空腹を刺激してたまらない。
母親は料理がうまいし、拓海も日頃家事をしている関係で手際もいいし、そして料理もうまい。
今日の夕飯はかなり期待できそうだった。
それにしても、『嫁と姑』が仲良く料理をしている姿はいいものだ。
啓介は、言ったら拓海の包丁が飛んできそうなセリフは飲み込んで、テーブルの上で頬杖をついて『嫁と姑』の背中を追いながら頷いた。
「…なー、腹減ったー。まだかよ?」
もういいんじゃねぇの?と覗き込みに来た啓介は、つまみ食いできるものを見つけて手を伸ばして、その手を叩かれる。
ぺしっ!
「んだよー。もう出来てんじゃん、それー。早く食おうぜ?」
「まだダメですっ。啓介さんは邪魔だから向こう行っててください」
拓海の腰に両腕を回して、手元を覗き込んでくる啓介に、拓海は揚げたばかりの揚げ物を押し付けて黙らせた。
「熱いですから気をつけてくださいよ?」
「もがもが」
コクコクと頷いてテーブルに戻って来る啓介を、父親と涼介は「(…手懐けられてる大型犬…)」と思いながら黙って茶を啜る。
「そろそろいいわね。拓海君、火止めてくれる?」
「はい」
やっとできたらしい夕飯を待っていたのは大型犬だけではなく、テーブルに大人しく座っていた2人もそうだったらしい。
テーブルの上を進んで片付けている。
片付けられたテーブルの上に次々と運ばれてくる料理に、啓介は「お〜ぅ」と目を輝かせて席についた。
拓海が食事で使った食器をまとめて、それらを運んで洗おうとすると、母親は「拓海君はお客様なんだから座ってて」と言ったが、拓海は「ご馳走さまでした」と微笑んで、進んで後片付けを手伝った。
「ありがとう、助かるわ。まったくもう…、うちのアレらは使えなくってね…」
「…アレ?…」
「そう、アレ」
クイクイと後ろを指差す母親。
拓海が後ろを振り向くと、『アレその1』は読んでいた新聞をたたんで「ちょっと病院に行ってくる」と言って立ち上がり、『アレその2』は急に立ち上がり、携帯を取り出してどこかに電話をかけ始めた。
「今度の遠征は」というようなセリフが聞こえてくることから、広報部長あたりが電話の話相手なのだろう。
そして、『アレその3』は。
頬杖をついて嫁と姑の方を見てニコニコしていた。
「…何か笑ってますけど…アレその3…」
「…楽しい事があったみたいね…」
啓介は昔から、喜怒哀楽のはっきりした子供だった。
何の関心も示さないことと、とっても興味のあることの常にその2つ。
今は興味があるものが目の前にあるらしい。
「(啓介ったら、拓海君のことが大好きなのねぇ。それもあの目は、『コイツは自分のものだ!』って主張してる時の目だわね)」
伊達に『母親』という暖簾を下げているわけではない。
世間様はどうだかわからないが、我が子のことならば自分が一番良く分かっていると思っている。
本当は兄・涼介とくっ付いてほしかったけど、『医者の妻』なんてつまらないものに、可愛い拓海をしたくなかった。
それは自分で身に沁みている。
幸い次男は医者になる気なんか昔から更々なく、日々を過ごしている。
啓介と拓海は、最初はかなり仲が悪かったらしいが、ケンカする程仲がいいというやつだったらしく、最近よくお互いの家を行ったり来たりしていると(涼介から)聞いた。
実はさっき、自分に隠れて何度もキスしていたのを知っていると言ったら、この可愛らしいおバカさんカップルは、どう思うだろうか。
今日は久しぶりに逢うのだと啓介は言っていた。
「(仕方ないわねぇ。お膳立てしてあげようかしらねぇ)」
折角の週末を久々一緒に過ごすのだから、家族が居てはオチオチ…。
母は子のためなら何でも出来るものなのだと、高橋家のゴッドマザーは最近よく分かったのだった。
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