6.5cmの恋人

2

 


「・・・啓介さん、いい加減に機嫌直してください」
困惑しきった声を、啓介は布団に潜り込むことで拒絶した。小指サイズになってしまった啓介が布団に潜り込んでしまえば、もはやどこにいるのかわからない。うっかり動けばつぶしてしまいそうだ。

啓介は指先でもてあそばれた屈辱に打ち震えていた。
啓介の男としてのプライドは、拓海の指一本で粉々に打ち砕かれた。
いつもの啓介であれば拓海を易々と組み伏せることができるし、指一本でイかせる自信だってある。だが今の自分はどうだ。抵抗など、親指でかるく押さえつけられただけで封じられた。しかもしかも、拓海はまるでめずらしいおもちゃを扱うように自分を「もてあそんだ」のだ!

ひどい。

ちいさな身体全部で訴える抗議に、拓海はどうしたものかと困り果てていた。

 


くしゅん。

くしゃみをしたのは、拓海のほうだった。全裸なのは二人とも一緒だが、啓介は頭から毛布をかぶっているのに対し、拓海は裸のままベッドで座り込んでいたのだから、それも当然だ。

「・・・風呂。」

下からかけられた声に拓海が視線を移すと、啓介がまだどこか怒った目で拓海を見上げていた。

「このままじゃ風邪引くだろ。風呂につれてけよ。それで許してやらぁ」

 

 

 

 


高橋家の2階にあるバスルームには水音と暖かい湯気が立ち込めている。啓介は洗面器に三分の一ほど張ったお湯につかりながら曇りガラスを眺めていた。

「今さら何恥ずかしがってんだか・・・」

身体の奥から昨夜の情交の名残をかき出すにあたって、拓海は啓介を洗面器ごとバスルームの外に追い出した。洗面器は洗濯機の上に置かれているわけだが、曇りガラスの向こう側から、シャワーの音にまじってくぐもった、ちいさな喘ぎ声が聞こえてくるにつけ、啓介のちいさな分身もまた正直に反応する。

「くそー、何でこんなサイズになっちまったんだよー・・・」

 


ちゃぷん・・・と、湯煙に半ば覆われた水面に波紋が一つ広がる。

「なんか変なものでも食ったんじゃないですか?」
「食ってねーよ」

拓海の手のひらに腰掛け、肩まで湯につかっている啓介はぷんっと横を向いた。
どうだかな・・・と拓海はこっそり思う。夜中、拓海が寝ている間にごそごそ起きて冷蔵庫を漁っている節のある啓介のことだ。そこに何が入っていようとも何の疑いもなく食べてしまうにちがいなかった。

一方、真剣に考え込んでいる拓海の肌を目の当たりにして、啓介の身体に燻っていた熱がまたも頭をもたげ始めた。湯上りで上気した肌に啓介がつけた痕がくっきりと残っていて、蒸気でしっとりと湿った肌は今にも吸い付きたくなるくらい滑らかそうで――そして啓介は欲望に逆らわなかった。拓海の手首を伝って胸元までたどり着くと、湯に半分浸かっている乳首に噛り付いた。

「あんっ・・・!」

手のひらに乗せた啓介の存在も忘れてぼんやりと・・・もとい懸命に考えていた拓海を我に返らせたのは、他でもない自分の声だった。自分のものとは信じられない甘い声に目を白黒させながら、声を上げさせられた刺激の元を目でたどると、自分の手首を伝っていつのまにか胸元にたどり着いていた啓介が右の乳首を両手でつかんでちゅうちゅうと吸い上げている。

「ちょっ、啓介さん!何を・・・ッ」
「いつもは小さくてよくわかんなかったけど・・・お前の乳首ってビロードみたいだな」

よく舌の先で転がしているそれは、今の啓介の口ではすべてを含むことができない。だが丹念に舐めたり擦ったりしているうちに、みるみる硬くなっていく。

「あ、ん・・・や、め・・・っ」
「感じてるんだ?すげーえっちだな、拓海」
「や・・・あっ」

はりつめきったそこは湯と啓介の唾液に濡れて黒光りし、啓介がついばむ度に小刻みに震えた。悪戯をする啓介を引き剥がそうとする手のひらは、しかし包み込んだまま力をこめきれずにいる。片方の胸だけに与えられるもどかしい刺激に、湯に沈んだ拓海の腰が無意識に揺れる。

「そっちも欲しいんだろ?自分の指で可愛がってやれよ」
「やだ・・・そんな・・・」

上気した顔でゆるゆると頭を振るが、中途半端な愛撫は既に拓海をのっぴきならない状態に追い込んでいた。昨夜の今朝で未だ燻っていた欲望の熾火が、啓介を包み込んでいるのと反対側の手を胸の頂へと導いていく。最初おずおずと触れた指先は、すぐに大胆に自らを慰めはじめる。浅ましい行為に恥らいながらも快楽に酔う拓海の表情は今の啓介には見えなかったが、吐息と一緒にひそやかに反響する声で、拓海の状態は言わずとも知れた。

こんなんじゃ足りない・・・もっと・・・

「俺はいじってやれねーから・・・自分で触ってやれよ・・・もっと下の方も」

拓海の心のうちを読み取ったように、啓介が胸元で唆した。

「あっ・・・啓介さ・・・」

言われるままに自分の下肢に手を伸ばし、扱きあげる度に熟れた唇が感じ入ったように震えた。だが隅々まで啓介の手に慣らされてしまっている身体は前だけの刺激では物足りないらしい。羞恥に頬を染めながらも華奢な腰は湯の中でもどかしげに揺れる。啓介は拓海の手から肩の上によじ登ると、耳朶を甘噛みして息をふきかけた。途端に拓海の肩がこそばゆげに竦められる。

「後ろも欲しいんだろ?指挿れてみろよ、いつも俺がしているみたいに」
「や・・・だぁ・・・」

朝の、それもひとの家のバスルームでそんなこと――
だがこのままではイけないことも拓海はわかっていた。分身を扱いている手と反対の手がそろりと後庭に触れる。中指の先端をツプリと飲み込ませてしまえば、熱く疼く身体はもう止まらなかった。

「すげーえっちな顔・・・なあ、いつもひとりでソコいじってる?」
「ぁん・・・ゃあん・・・」

意地悪く囁く啓介の声とイケナイコトをしている後ろめたさに煽られ、絶頂への階を上りつめていた、その時。
廊下の方で物音がした――ような気がした。

 

 

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