アカギの長い夜

 

 

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大臣と王子の話

 

ある王様に、狩猟のたいそう好きな王子がいましたので、
王様は大臣のひとりに、どこへいくときもそばを離れず付き添うように、と申し渡しました。

ある日、啓介王子はその大臣、史裕にともなわれて、狩りに出かけました。
ふたりがどんどん進んでいくと、大きな野獣の姿が見えました。
史裕は啓介に向かって、

「それ、あの素晴らしい獲物をしとめて王様にご自慢なされ!」

と叫びましたので、啓介はその後を追いかけました。
するとそのうちに、野獣は荒野の中に逃げ去って、ぜんぜん見えなくなってしまいました。

啓介は途方にくれて、どちらの方角にいってよいのかわかりませんでした。
ひらたく言えば迷子です。
すると、ひょっこり、ひとりの青年が目の前に現れ、
啓介にまけずおとらず途方にくれているではありませんか。

啓介が

「誰だ、おまえ?」

とききますと、青年は、

「僕はある商人の息子で、藤原拓海といいます。
親父と一緒に砂漠を旅していたら、途中ひどく眠くなって、
知らないうちにラクダから落ちてしまいました。
親父たちとははぐれるし、すごく困っているところです」

と答えました。
啓介はこの言葉を聞くと、どんくさい奴がいたものだと(自分のことは棚にあげ)思い、
しかし放っていくのも気の毒と、自分の馬の後ろに乗せて、先へ進みました。

やがて、とある城跡のそばを通りかかると、拓海は言いました。

「あのう・・・ちょっとトイレいってもいいですか?」

そこで、啓介はその廃墟のところに拓海をおろしてやりました。

ところが、拓海はいつまでたっても姿を見せませんので、
なにをぐずぐずしているのだろうと考えて、こっそり後をつけてみました。

すると廃墟の中で、拓海がだれかとぼそぼそと話しているのが聞こえました。

「なあ親父・・・俺こんなこともうやだよ」
「なんだ。おまえ飢え死にしたいのか」
「そりゃ腹はへってるけどさ。ニンゲン以外にも食い物はあるだろ。」
「今夜の獲物に情でもうつったか。いいからさっさと連れて来な」

拓海は性質の悪い魔族の一員だったのです。
啓介はその話を聞いて、もう命は助からないとおもいました。

 

(冗談じゃねー。食われてたまるか!)

啓介は身を翻して逃げようとしましたが、そのとたんに拓海が出てきて、退路をふさぎました。
啓介のこわばった顔を見て、拓海は魔族とはおもえない清楚な小首を不思議そうに傾げました。

「何をそんなにおびえているんですか?」

啓介は答えました。

「実はひょっこり、すっげー手ごわい敵に会ってさ」

それを聞くと、拓海は不審げに眉を寄せました。

「あんたは王様の息子だといってましたよね」
「ああ」
「なら王様にお願いしたら、どうにでもなるんじゃないですか?」
「あいにくそいつには親父の力なんか通用しねー。なんたってオレの命が目当てなんだからな」

拓海は目を見開くと、しばらくじっと啓介をみつめました。

「・・もしあんたが長生きしたいなら、今すぐここを去って、お城に帰ってください」

拓海の言葉に、啓介は驚きました。

「逃がしてくれんのか?」
「親父には殴られるだろうけど、あんたが食べられるのは見たくないんです」

小さく微笑む拓海のはかない表情に、啓介の心臓は跳ね上がりました。
そして、自分で何をしているかわからぬまま、拓海を横抱きに馬に乗せ、一目散にその場を去りました。

「ちょっ・・・啓介さん!俺魔族なんですよ!?」
「城には史裕っていう大臣がいる。俺を迷子にしたやつだ。腹がへったらそいつを食っていいぞ」

その後2人は城へ戻り、末永く一緒に暮らしました。

 

・・・とまあ、こんな話だったかな。」

 

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