新年

 

 

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ある日の夜遅く、ぼろぼろの姿で帰ってきて以来、
拓海はすっかりしぼんだ花のようになってしまいました。
毎日夜明け前に配達に行き、馬たちの世話をし、店番をして、ご飯もつくりましたが、
なにをするにも心ここにあらずといった感じでした。

 

「おい拓海」

愛馬のハチロクにブラシをかけながらぼんやりしている拓海を、文太は呼びました。
文太は史裕からもらった王宮の馬の背に豆腐のケースを載せて、家の前にいました。

「配達に行って来い。行き先は王宮だ」
「え・・・」

行き先を聞いてあからさまに動揺する拓海を、文太は細い目でながめました。

「ついでにその馬もかえして来い。こんな商売してちゃあ、ろくに乗ってやることもできねぇ。
そいつがかわいそうだからな」

父親の真意がわからず戸惑う拓海の前で、文太はふーっと紫煙を吐きました。

「そいつを王様に届けたら、あとはここに戻ってくるなり、向こうに留まるなり、好きにしろ。
豆腐を崩すなよ」

否を言わせず、送り出した息子の後姿を、文太は複雑な心境で見送っていました。

(娘を嫁に出した気分だな・・・)

彼にはなんとなく、拓海がもう家に戻ってこないだろうことがわかりました。
――少なくとも、当分先になるまでは。

 

王宮の門をくぐり、王様への献上品を持参してきた商人の列にならびながら、
拓海は非常に落ち着かない気持ちをもてあましていました。
ほとんど後宮と啓介の部屋しか往復していなかった拓海の顔を、門番は知りませんでした。
このまま豆腐と馬を城の誰かに渡し、知り合いに見つかる前にさっさと帰ろう、とおもっているうちに、
拓海の番がやってきました。

ところが、前に進み出たとたん、「ああっ!」という声が響きました。
顔を上げると、献上品の受け取りをしているのは、あの史裕ではありませんか。

「ちょうどよかった!ちょっときてくれ!」

逃げ出す間もなく腕をとられ、馬と豆腐はそのままに、王宮の奥へと連れて行かれました。

 

「そろそろ迎えに行こうとおもったんだよー、帰ってきてくれて助かったよ」

あいつ以前にもまして手がつけられなくなってなー、と史裕はこぼします。

「あいつ意地張って追わなくていいなんていってたけどさ、さんざん荒れまくって、
しばらく城に戻ってこなかったかとおもえば、こんどは帰ってきてメシも食わずにふて寝だ。
涼介・・・陛下の言葉も聞きやしない」

まあ、とにかく行って声をかけてきてくれないか、と頼まれ、拓海はあれよあれよという間に
見慣れた啓介の寝室の前まで来てしまいました。
ためらう間もなく、史裕がノックしてドアをあけます。

「それじゃあ、頼むよ」

そう言って押し込まれた部屋の奥、天蓋つきベッドの向こうには、文字通りふて寝している
人間が、シーツにくるまって向こうを向いていました。


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