4
―――水族館―――
親子連れが大半を占める昼間とは違い、夜の水族館は格好のデートスポットだ。
昼間でも暗い照明をさらに落し、客にはそれぞれペンライトを渡される。
人々は夜の海を泳ぐ魚たちのように、他の人の存在を意識せずに同行者と見て回る
ことができる。恋人たちにとってはまさに二人の世界。
のはずなのだが。
「げぇ。グロい・・・」
アレルギーでなくてもカニやエビが嫌いという人間がたまにいる。
動いているところを想像すると食べられないのだそうだ。大学の知り合いがそういっていた時には
へえとしかおもわなかったが、いざ目の当たりにするとそいつの気持ちがよくわかる。
全長が腕の長さほどもあるカニが、長い足を絡ませるようにして何匹も蠢いている様子は
食べ物というよりは巨大な虫を見ているようで、しかもどれも手前の水槽に張り付いて
白い腹を見せているのだからよけいに不気味だ。
んなもん誰が入れるっつったんだよ、と呆れつつ隣を見ると、拓海も目の前のグロテスクな
光景に釘付けになっている。
「拓海?」
「うまそう・・・」
俺、本物のカニって食ったことねー・・・。
ヒトによっては食欲そのものを減退させる光景も、拓海の目にはあくまで食材としか映らなかったらしい。
苦笑する啓介の前で、拓海は今にもかぶりつきたそうな顔で水槽に張り付いている。
不穏な視線にもそ知らぬ顔で、カニたちは大きな水槽の中で折り重なるようにして蠢いている。
放っておくといつまでもここから動かなそうだ。
「カニくらい、今度うちで食わせてやるから。ほら、もう行くぞ」
一回り小さな手をとってひっぱると、拓海は我に返ったように、もの言いたげな顔で見上げてくる。
なんだよその目は。別にいいじゃねーかよ、手繋ぐくらい。
「誰も見てねぇよ。さっきみたいに何もないところでコケるよりはマシだろ」
むっとしたのが気配で伝わった。だが、引っこめようとする手を離さない。
少しひんやりした手に、自分の体温を移すように握りこむ。
今は口実がなければこうして手を繋ぐこともできないけれど。
こうなるまでの時を考えれば、自分たちは少しずつお互いに近づいてきている。
振りほどくのをあきらめた指先が、掴まれた手をおずおずと握り返した。
「啓介さん?出口こっちじゃないですか?」
「いや、さっきマンボーはあっちとかって矢印があったから、まだあるんじゃねーの」
時間が遅くなったせいか、前より人が少なくなった館内を手を繋いだままうろうろさまよいながら、
二人はようやく目当ての水槽にたどりついた。
「どこにいるんですか?」
「そこだよそこ」
指さされて、拓海はようやく、青白くライトアップされた水槽の中にぼうっと浮かび上がる白い影を
認めた。
「へー、これがマンボーか」
「だな」
知ってっか?マンボーって食えるんだぜ。
しばらく眺めた後、二人はそんな話をしながら出口に向かう。
その水槽の横には大きく「アザラシ」と書かれていた・・・。
アホの子二人・・・(笑)。
この話は特にさかきさんのとクロスするように書いています。
そしてほとんど実話だったりします・・・。
3へ 5へ
小説部屋へ