秋祭り
6
「お辞儀をしたら、手を取って上げて」 差し出したエアの手を、ジルのひやりとした手が掴んだ。 触れた途端、びくっとしたが、ジルは掴んだ手を離さない。 固く握りしめた左手を導くように上げた。 「右手はここ」 今度は右手を掴んでジルの背中へとまわさせる。 しっかりホールドすると、思いの他、身体が密着した。 緊張して、手がみっともなく震えていることも、鼓動が激しく胸を叩いていることも、きっと丸わかりだろうに、 ジルはそれについては何も言わない。 「僕がゆっくり女性用のステップを踏むから、それに合わせて。右足から」 アン・ドゥ・トロワ…と拍子をとりながらゆっくりとステップを踏む。 エアがステップに慣れてくる度に、少しずつ速度を上げていく。 最初はガチガチに緊張していたが、そのうち徐々に速度が増していくステップについていくことで、 頭がいっぱいになりかけた頃。 「あっ」 引っ張られたエアがよろけた。 そのままジルの胸の中に倒れ込む。 「わ、悪い…ッ」 顔を真っ赤に染めながら、慌てて身体を離そうとしたが、抱きとめた腕はエアをはなさなかった。 「ジ…」 「ずっと、きみの心の悲鳴が聞こえていた」 目を見開くエアの耳元で、苦しげな声でジルは囁いた。 「傍にいてくれるニィルをうっかり凍らせてしまいそうになるほど、心も体も凍えそうだった」 「ジル…」 ジルはホールドを解き、エアのぬくもりを感じるように、両腕で抱きしめる。 「ニィルは僕の大事な恋人だけれど、きみは僕の半身だもの。きみを永遠に手放すなんて、考えられない。 きみだってそうだろう?」 忘れなければ、突き放さなければならないのに、ジルの身体のぬくもりはあまりに懐かしくて抗いがたくて。 「でも…トォルに悪い…」 目元を薔薇色に染め、夕暮れ色の瞳をそっと伏せたエアは、ぼそぼそと言い訳めいた言葉を返す。 だが、背中に回った手は、無意識にジルにしがみ付いていて、弱々しい言葉には何の説得力もなかった。 それでもなお、一度した決心を翻すのをためらって俯く弟のピンクの髪に、ジルは何度もくちづける。 「夢の中で、僕に泣きながらしがみついてきただろう?」 その言葉に、エアは驚いて顔を上げた。 何でジルが自分の夢のことを知っているのか。 だが、言葉を発する間もなく、唇は塞がれてしまった。 「んっ…」 思いの丈を注ぎ込むような、情熱的なキス。 唇を許してしまったら、もう気持ちを抑えることなどできなかった。 舌を奪い合うように、激しい口づけに懸命に答える。 息もつけないくらいに胸が苦しくなって、涙が頬を伝い落ちた。 「愛してるよ、エアリエル。愛なんて言葉では足りないくらい」 頬の涙を舐められ、大好きな声が愛を囁く。 泣き虫だな、と言われても、涙を止められなかった。 「…でも、あの二人には」 「僕たちは最初からこうだったし。わかってもらうしかないさ」 それに、僕たちを今夜二人にしたってことは、こうなることを許してくれたってことじゃないかな。 ジルはそう言うと、エアが飲みきれなかった唾液の跡を舐めとり、蜜に濡れた花びらのような形のよい唇をついばむと、 涙で顔に貼りついたピンク色の髪を、やさしく取ってやった。 「きみの泣き顔も大好きだけど、唇がすっかりしょっぱくなってしまっているよ、エアリエル。 キスは甘いほうがいいだろう?」
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