アムネジア




翌日は雨だった。

「頭いてぇ…」

炎属性を持つエアは湿気に弱い。

ピンクの髪を枕に埋めて、なかなか起き上がろうとしなかった。

直接手を下したのはニィルとはいえ、一服盛った自覚のあるトォルとしては、気が気ではない。

雨の日にエアが起きないのはいつものことだが、もし薬のせいで苦しんでいるのだったらどうしよう、と

自分の短慮に泣きたくなった。

「あ、あのさ、エア」

「…悪い。今日は朝食はパス」

お前は行って来いよ、と言われるが、放っておけるはずがない。

「エア、大丈夫か?具合が悪いなら先生呼んでこようか」

などと問答を繰り返していると、ニィルとジルが部屋にやってきた。

いつもなら寝汚い二人をおいて先に食堂に行っていたりするのだが、ニィルも薬の効き目が気になるのだろう。

「…エア。具合悪い?」

双子ゆえに、すぐにエアの不調がわかったのか、ジルがエアの傍に近づく。

うつぶせになっているピンクの頭を優しく撫で、抱きしめている枕を取り上げて、額に手を当てる。

「熱はないな。吐き気とかはある?」

ジルの声にエアは億劫そうに顔を上げ、心配そうにこちらを覗き込む、

ミントキャンディ色の瞳をまじまじと見た。

そして、寝起きの第一声に、誰もがその場に凍りついた。

「…誰、おまえ」




ごめんなさい、とニィルは泣きじゃくった。

予定では、エアにジルに対する恋心だけを忘れさせるはずだった。

ところが、朝起きたら、エアはジルのことを丸ごと忘れてしまっていたのだ。

トォルとニィルのことはちゃんと覚えている。昨日の夜「三人で」お茶を飲んだことも覚えていた。

ジルはお前の双子の兄貴だろ、と説明しても、俺には兄弟なんかいねえ、と言い張る。

きみと同じ顔をしているだろうと諭しても、自分には覚えがないし、

変な魔法で騙そうとしているんじゃないかと噛みつかれた。

ここまで大事になってしまうと、もう一服盛ったことを白状せざるを得ない。

何か変なものでも飲み食いしたのかと考えれば、疑惑はどうしても昨夜のお茶にいくから。

「エアにトォルだけをみてほしかったの。ジルにも僕だけをみてほしくて…」

しくしくと泣いてあやまるニィルに、ジルはため息をついた。

「きみをそこまで不安にさせたことは謝るよ。でも弟を傷つけたきみを、今はとても笑って抱きしめられない」

とにかく先生に診せよう、と言って、

ジルは慣れた手つきでベッドに座り込んでいるエアをお姫様抱っこしようとしたのだが、

その手は乱暴に振り払われた。