アムネジア




「悪いけど、俺、あんたのこと知らねーし…」

手を振り払った非礼を詫びつつも、エアは不愛想にそう言った。

この炎のシルフは、人見知りなのか、もともと他人には愛想がない。

だが、ジルに対してこんな態度を取ったことは、これまでの人生に一度もなかったに違いない。

普段は笑顔を絶やさないジルも、この時ばかりは、さすがにショックを隠せないようだった。

室内の温度が急に下がり、トォルとニィルが身震いする。

「そうか…じゃあ、きみのことはトォルに頼もう。ちゃんと医務室に行って、先生に診てもらうんだよ」

「ああ」

今度は素直にうなずいたのを見て、ジルは出て行った。ニィルがはっと彼の方を見たが、

とてもついていける雰囲気ではなかった。

「どうしよう。ジルに嫌われちゃった…」

「それよりこいつを何とかしなきゃ」

歩いて医務室まで行けそうか?それとも先生呼んでこようか?とたずねるトォルに、

エアはお前がお姫様抱っこで連れて行けよと、無茶な要求をしていた。




医務室に行ったが、ジルに関しての記憶のこと以外では、特に問題はないとのことだった。

その日の夕方、食堂に4人が集まって夕食を食べた。

ジルに部屋替えを持ちかけられた時、エアは露骨に嫌な顔をした。

「嫌だね。俺、トォルと離れたくねぇもん」

「エアッ…」

トォルは感動して、エアの顔を見つめる。

すげない拒絶に、ジルは困ったような笑みを浮かべた。

「どういうわけか、今朝から力の制御ができなくてね。

気をつけていないと周りを氷だらけにしてしまうんだ。

眠っているうちにうっかりニィルを凍らせるわけにもいかないし、

炎属性のきみが同じ部屋にいてくれれば、この寮全体を氷漬けにしないですむんだけど」

申し訳なさそうにお願いされれば、根はやさしいエアのことだ。

じゃあ少しの間だけならかわってやる、とうなずいた。

ニィルは悲しそうな顔でジルを見つめていたが、半ば凍りかけた部屋のことを思えば、何も言えなかった。