アムネジア




ジルの言った通り、あちこちに氷が張った部屋にエアはぎょっとしたが、

しばらくすると、きれいに溶けてなくなった。

エアはシャワーを浴び、生まれたままの姿になって、ニィルが使っているベッド

――といってもニィルはほとんどジルのベッドで一緒に眠っていたが――にもぐりこんだ。

「そっちで寝るつもり?」

自分のベッドから、同じく裸になったジルが声をかけた。どちらの身体にも、

昨夜つけ合ったキスマークが点々とついている。

しかし、今のエアにはまったく昨夜の情交の記憶がない。

「え…だってあんた、そっちで寝るんだろ?」

「ジル」

「あ…ジル」

まるで借りてきた猫だ。シーツを引き上げて、じっとこちらの様子をうかがっている。

「きみが一人で眠れるならいいけど。もし身体が熱くて眠れないようならこっちにおいで。僕の身体は冷たいから」

これまでほとんど一人寝をしたことがないエアだ。

ジルの提案に、暑がりで甘えん坊のエアはちょっと心が揺らいだようだったが、何しろ相手は「知らない奴」である。

結局、シーツを腰にかけて、ジルに背を向けた。

が、しばらくたって、またこちらに向き直る。やはり気になって仕方がないようだ。

「なあ、俺とジルが兄弟って本当か?」

夕暮れ色の瞳がジルを見上げた。

「本当だよ。顔だってよく似ているだろう?」

「魔法で俺そっくりに化けているとか、そういうんじゃなくて?」

どうも自分だけがジルを忘れているという事実を飲み込めずにいるようだ。

トォルもニィルも、皆でぐるになって自分をからかっているのではないかと思っているらしい。

「本当の兄弟だよ。何なら触ってみるかい?」

少しの間エアは考え、それからシーツを腰に巻きつけて、のそのそとジルのベッドに移動した。

ジルの傍らに腰かけて、物珍しげにジルの顔に触る。

頬、鼻、唇…そして、ウォーターブルーの髪に触れた後に、

右耳にぶらさがったピアスに気づいた。

「きみがつけているのとおそろいのピアスだよ。僕たち二人のために作られたものだ」

それからこれも…と、ジルは右手の甲を掲げると、美しい薬指にはまった銀のクラウンリングを見せた。

「え…それって」

エアは思わず自分の左手を見た。おそろいの金のクラウンリングが薬指にはまっている。

「トォルがきみにあげた属性封じの指輪を二人で分けたんだ。僕たちはこれをつけていないと、

半径1ヤード以内に近づくこともできないんだよ」

ズキリ、と頭が痛んだ。

何だろう、すごく苦しい、つらいことがあった気がする。

もうあんな想いは二度としたくないと…。

「うっ…」

うめき声をあげて頭を抱えるエアを、ジルは抱き寄せた。

「無理に思い出そうとしなくていいよ。少しずつでいいから」

ピンクの髪を優しく撫でながら、あやすように言った。

「かわいそうなエア。ニィルはつらい恋を忘れる薬だって言ったけれど、

僕の存在そのものを忘れてしまいたいくらい、きみにつらい想いをさせていたのかな」

どこか苦しげな問いは、今のエアには答えることができなかった。