アムネジア




「エアを花の国に連れて行こうと思う」

その後4人で食堂に集まって朝食を食べている時、ジルは切り出した。

「あそこのふわもこ温泉なら、忘れ薬も解毒してくれるんじゃないかと思うんだ。

何しろ、あのふわもこには、『愛と命の復活の効果』があるらしいしね」

その言葉に、ニィルとトォルは複雑な表情になった。

エアが記憶をなくしたことには責任を感じるものの、失くした記憶はジルに関するものだけで、

特に生活に支障があるわけではない。

エアのブラコンが復活したら、二人のノームはまた、心休まらぬ日々を送らなければならないのだ。

「あ、あのさ」

「俺は別に今のままでもかまわないぜ。

ジルが俺の兄貴だってことさえわかってりゃいいんだろ?」

口ごもったトォルの後で、当のエアがあっさりと、二人が望んでいることを口にした。

トォルとニィルはほっとした表情になり、ほらエアもこう言っているしさ、と話を終わらせようとしたのだが。

「僕が耐えられないんだ」

珍しく感情を押し殺したような口調の、ジルの一言で、三人は口をつぐんだ。

「冬休みまで待っていられない。フルールには僕から伝えて、天馬を手配してもらう。

用意出来次第、出発するから。エア、きみは夜中に居眠りして天馬から落ちないように、昼間のうちに寝ておいて」

「えっ、今日行くのか!?」

あまりに急な話に、エアは目を丸くした。

「っていうか、二人で?トォルとニィルは?」

トォルの腕を掴んで、あきらかに心細そうな顔をするエアを、ジルは憂いを帯びた目で見つめた。

「治るまでに何日かかるかわからないのに、それまでずっとこの子たちに授業を休ませる気かい?

僕はきみの兄だから、身内の療養のつきそいとして、学園長に許可をもらえるし、

帰ってきたらきみと一緒に補習を受けるよ」

そう理詰めで諭されては、反論することもできなかった。




エアは言われたとおりに日中は授業を休んで部屋で眠り、ジルは休暇届を出して花の国に行く手配をした。

馬車を用意させようと言う花の国の王子フルールの申し出を断って、

頼んだのは二人が乗れる大きさの天馬一頭だけだった。

強行軍になるが、夜通し駆けていくなら、馬車で行くよりも断然早い。

夕方、授業が終わって早々にトォルとニィルが寮に戻ってくる頃には、すでに出立の準備が整っていた。

厚手の白いコートに身を包んだ双子は、しばらく会えない恋人と、それぞれ別れを惜しんでいた。

「無事にエアを治して帰ってきたら、きみを大事にすると約束する。

――でも、今度弟を傷つけたら、たとえきみでも許さないよ」

ごめんなさい、としょんぼりとうなだれるニィルに、ジルはそう言うと、ココア色の髪を優しくかきまぜた。


大きな純白の翼を広げた天馬は、二人を乗せて、冷たく澄んだ夜空に舞い上がった。