秋祭り





「チッ…やっぱだめか」

妖怪の中には、自分の領域の中にいれば、無敵の力を発揮する者がいる。

リクオたちを閉じ込めた空間は、遠野の結界を断ち切る畏をもってしても、

一瞬、わずかな裂け目ができるだけで、外にでることはできなかった。

となると、この空間の主に会うしかない。

「おーい、話がしたい。出てきてくれないか?」

リクオが叫ぶと、それに応えるようにチリリン、と鈴が鳴った。

だが、音がする場所を探しても、誰もいない。

しばらくそんなことを繰り返した。

確かに「誰か」はいるが、姿を見せようとしない。

こちらをうかがっている視線に、害意はなさそうだった。

「どうするよ、リクオ」

「ふん、隠れ鬼なら負けねえよ」

リクオは鴆の手を握りしめ、畏を使った。

明鏡止水。

手を繋いでいる鴆にはわからないだろうが、「誰か」の目には、二人が突然消えたように見えただろう。

チリリン。

背後から鈴の音が聞こえたかと思えば、とうとう音の主が現れた。

いかすりの着物を着た、十歳くらいの女の子だった。



おかっぱの少女は、手に毬を持っている。

毬の中に鈴が入っているらしい。音の正体はこの毬だった。

着ているものからして、現代の子供とは思えない。

リクオが畏を解くと、少女は突然現れた二人に驚いて逃げようとしたが、リクオが子供の腕を捕まえるのが先だった。

黒目勝ちの大きな目が、おびえたようにリクオたち見上げている。

「おめーがオレたちここに呼んだのか?」

リクオが問うと、ややあって、少女は小さく頷いた。

「そうか。知らずに踏み込んじまって悪いんだが、帰しちゃくれねえか」

少女は黙ったまま首を振った。自分の頭ほどある毬をぎゅっと抱きしめたままだ。

「どうしても帰さねえってんなら、力づくで出て行かなきゃならねえ。どうすりゃ帰してくれるんだ?」

こちらをうかがい見る少女が口を開くのを、リクオは辛抱強く待った。

「…どっちか、ここにいてくれるなら」

ためらうような沈黙の後、少女はやっとそう言った。

「ここから出られない。ここ、だれもいない。ひとりはさみしい。だから」

一人はここに残れということか。

「リクオ…」

離れかけた鴆の手を、リクオは握りしめた。

「悪いがこいつは置いていけねえし、オレもここには残れねえ。

けど、今後、人や妖怪をここに閉じ込めたりしないって約束すんなら、おめーを痛い目に合わせはしないし、

時々会いにも来てやるよ。それでどうだ?」

いつからここにいるのかは知らないが、できればこんな少女を斬りたくはない。

長い沈黙の後、二人を取り巻いていた畏がふっと緩んだ。

リクオの提案に心が動いたのか、それとも二人の畏に敵わぬと思ったのか。

鳥居の方を見ると、参道には提灯と屋台の明かりが見え、頭上には満月が輝いている。

歩いていくと今度は遠ざからず、無事に出られそうだった。

振り返ると、少女は毬を抱きしめたまま、二人を見送っていた。

「ありがとな。また来るからよ」

毬を持ったままぽつんと佇む少女に、鴆が声をかけた。




「てめー、絶対一人で来るんじゃねえぞ」

参道を戻りながら釘をさすと、鴆は眉を上げた。

「おい、オレだってあれくらいなあ」

反論するが、鴆一人ではどうなっていたかわかったものではない。

鴆もそれは自覚しているのか、フンと鼻をならすと、繋いだままの手を握りしめた。

「わかったよ。また一緒に来ようぜ、大将」

リクオを見る緑の目は、二人きりでいる時の優しいまなざしに戻っていて。

包み込まれるような視線に、リクオはふいと目を逸らして、絡み合った手をぶらぶらと揺らした。

人ごみに戻ったせいか、顔が熱い。

「鴆、氷食いてえ」

「おう」

鴆とこうして祭りの中を歩くのは悪くない。

でも今は、甘くて冷たいものでも食べて、この熱を冷ましたかった。







ひっぱった割には大したことない終わり方でした;;
読んでくださってありがとうございました!


 

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