秋祭り 3 「チッ…やっぱだめか」 妖怪の中には、自分の領域の中にいれば、無敵の力を発揮する者がいる。 リクオたちを閉じ込めた空間は、遠野の結界を断ち切る畏をもってしても、 一瞬、わずかな裂け目ができるだけで、外にでることはできなかった。 となると、この空間の主に会うしかない。 「おーい、話がしたい。出てきてくれないか?」 リクオが叫ぶと、それに応えるようにチリリン、と鈴が鳴った。 だが、音がする場所を探しても、誰もいない。 しばらくそんなことを繰り返した。 確かに「誰か」はいるが、姿を見せようとしない。 こちらをうかがっている視線に、害意はなさそうだった。 「どうするよ、リクオ」 「ふん、隠れ鬼なら負けねえよ」 リクオは鴆の手を握りしめ、畏を使った。 明鏡止水。 手を繋いでいる鴆にはわからないだろうが、「誰か」の目には、二人が突然消えたように見えただろう。 チリリン。 背後から鈴の音が聞こえたかと思えば、とうとう音の主が現れた。 赤いかすりの着物を着た、十歳くらいの女の子だった。 おかっぱの少女は、手に毬を持っている。 毬の中に鈴が入っているらしい。音の正体はこの毬だった。 着ているものからして、現代の子供とは思えない。 リクオが畏を解くと、少女は突然現れた二人に驚いて逃げようとしたが、リクオが子供の腕を捕まえるのが先だった。 黒目勝ちの大きな目が、おびえたようにリクオたち見上げている。 「おめーがオレたちここに呼んだのか?」 リクオが問うと、ややあって、少女は小さく頷いた。 「そうか。知らずに踏み込んじまって悪いんだが、帰しちゃくれねえか」 少女は黙ったまま首を振った。自分の頭ほどある毬をぎゅっと抱きしめたままだ。 「どうしても帰さねえってんなら、力づくで出て行かなきゃならねえ。どうすりゃ帰してくれるんだ?」 こちらをうかがい見る少女が口を開くのを、リクオは辛抱強く待った。 「…どっちか、ここにいてくれるなら」 ためらうような沈黙の後、少女はやっとそう言った。 「ここから出られない。ここ、だれもいない。ひとりはさみしい。だから」 一人はここに残れということか。 「リクオ…」 離れかけた鴆の手を、リクオは握りしめた。 「悪いがこいつは置いていけねえし、オレもここには残れねえ。 けど、今後、人や妖怪をここに閉じ込めたりしないって約束すんなら、おめーを痛い目に合わせはしないし、 時々会いにも来てやるよ。それでどうだ?」 いつからここにいるのかは知らないが、できればこんな少女を斬りたくはない。 長い沈黙の後、二人を取り巻いていた畏がふっと緩んだ。 リクオの提案に心が動いたのか、それとも二人の畏に敵わぬと思ったのか。 鳥居の方を見ると、参道には提灯と屋台の明かりが見え、頭上には満月が輝いている。 歩いていくと今度は遠ざからず、無事に出られそうだった。 振り返ると、少女は毬を抱きしめたまま、二人を見送っていた。 「ありがとな。また来るからよ」 毬を持ったままぽつんと佇む少女に、鴆が声をかけた。
「てめー、絶対一人で来るんじゃねえぞ」 参道を戻りながら釘をさすと、鴆は眉を上げた。 「おい、オレだってあれくらいなあ」 反論するが、鴆一人ではどうなっていたかわかったものではない。 鴆もそれは自覚しているのか、フンと鼻をならすと、繋いだままの手を握りしめた。 「わかったよ。また一緒に来ようぜ、大将」 リクオを見る緑の目は、二人きりでいる時の優しいまなざしに戻っていて。 包み込まれるような視線に、リクオはふいと目を逸らして、絡み合った手をぶらぶらと揺らした。 人ごみに戻ったせいか、顔が熱い。 「鴆、氷食いてえ」 「おう」 鴆とこうして祭りの中を歩くのは悪くない。 でも今は、甘くて冷たいものでも食べて、この熱を冷ましたかった。
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