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「・・・ゥ・・・・」

気がついたとき、あの男の姿はなかった。

寝室には窓がない。あれから何日たったのか、今が昼か夜かすらもわからなかった。
ぼやける視界で高耶は緩慢に首をめぐらす。紗に覆われた天蓋。このベッドにしては
広い「かご」に、高耶は文字通り捕らわれている。目を開ける度にこれは悪夢ではなく
現実なのだと思い知らされた。身体が鉛のように重い。特に下腹は未だに何かを――
思い出すのもいまいましい、猛りきった男のアレを内部に咥えこんでいるようだ。

直江と名乗ったあの側近は、あれから延々と高耶を犯し続けた。男に破瓜されただけでも
死に等しい屈辱だったにもかかわらず、直江が与えた仕打ちは高耶の想像をはるかに
超えていた。 これなら拷問室で責め殺された方がはるかにマシだ。何度も舌を噛み切ろうと
したが、その度にあの男に阻まれた。

――それほどに、死が恋しいですか?

鳶色の瞳を冷たく光らせ、直江は蔑むように高耶を見た。思いきり噛みあわせようとした
両顎から血まみれの手を抜き取り、傷ついたその掌で高耶の頬を打った。

――大勢の人の血を啜って生きているくせに。あなたのような人間に己の矜持のために死ぬ
資格などない。

感情を押し殺した言葉には苛立ちと怒りが見え隠れし、そして表情はなぜか苦しげだった。
こんな仕打ちをしていても何かを聞き出すわけでもない。本来なら目的もなく刺客を生け捕りに
しておくなど不合理きわまりないことだ。しかも常軌を逸したあの仕打ち――刺客を捕える度に
こんなことをしているのだろうか。もともと異常な性癖なのか。

指一本動かしたくない自分を叱咤して、身体を起こそうとする。まず下腹を鈍い痛みが襲った。
先刻まで――高耶が意識を手放すまで――直江はことさら執拗だった。熱い肉棒を何度も
受け入れさせられ、ソレ以外のモノまで挿れられた。力の入らない腕をなんとか動かし、
わずかに起き上がるが、途中でかくんと力が抜けてベッドに沈みこむ。また起き上がろうとする。
無様に足掻いているうちに、ふいにドアが開いた。

 

 

 

直江かとおもい身体を強張らせたが、入ってきたのは14、5歳の少年だった。両手でワゴンを
押している。香を焚きしめた部屋に、何やらおいしそうな匂いをふりまいていた。
彼は高耶を見るとなぜか少し赤くなった。そして失礼します、と言ってためらいがちに
肩に手をかけ、起こしてくれた。

その時ジャラリ、と音がして、高耶は初めて両手首がそれぞれ鎖で繋がれているのを知った。
手首が重い訳だ。黒光りする鋼鉄でできたそれは、ある程度の余裕を持ってベッドの柱に
固定されている。両足首も同様に鎖で繋がれていた。起き上がることすら困難な者にこんなもの
をつけてまで拘束しておく理由はひとつだ。

「直江は出かけているのか?」

少年は首を傾げた。

「直江だ。あいつに言われて来たんだろう」
「ああ、アジュラ-ン様のことですか」

少年は得心したようだったが、それきり口をつぐんでしまった。何か言い含められているらしい。
ワゴンで運んできた、鉄製の小さなバケツのフタをとると、中身を椀に盛り、高耶に差し出した。
何とそれはコーンスープだった。

「・・・」
「何も入っていません。食べないと私がアジュラーン様に叱られてしまいます」

食べるまでひかないといわんばかりの少年の必死な態度に、高耶はしぶしぶスープを口に運ぶ。
毒にはある程度免疫がある。味は特におかしいところはなかった。どころかなかなか美味だ。
一体いつから食べていないのか。時間感覚もわからなくなるこの部屋では定かではないが、
捕まってから何も口にしていない。胃に染み渡るようだった。

「おかわりはどうですか」
「もういい。ありがとう」

椀をかたずけると、少年は高耶を再び横にし、こんどは傷の手当てを始めた。いきなり双丘を
押し広げられて制止の声を上げたが、鎖に邪魔されてろくに抵抗もできなかった。拙い少年の
指が恐る恐る高耶の内部に薬を塗りこめていくのを、高耶はわずかに目を細めてやりすごした。


 

 

 

「おまえの名前は」


薬を薬箱に閉まっている最中、 ふいに高耶がたずねた。少年はおもわず手を止め、顔を上げる。
二人の目が合った。

「名前は?」
「・・・ジッド・・・」

答えた少年の声はどこか虚ろだ。だがその大きな澄んだ瞳は、高耶の底知れない闇色の
瞳に釘づけになったまま離れない。高耶は少年を見つめる瞳にいっそう力を込めた。

「ジッド、この枷の鍵はどこだ?」
「・・・アジュラーン様が・・・」
「そうか。じゃあオレの服かサンダルを。どっちでもいい、見つけた方を ここに持ってくるんだ」

ジッドはふらふらと部屋を探し始めた。ここには見当たらないらしく、ドアを出て行った。
高耶は再び身体を起こした。身体中に小さな赤い痣と放射状の鞭の跡が散っている。
縄の跡は手首と足首に限らず、網の目のように全身に残っていた。
キィ…とドアが開き、少年が白い布の塊を持って入って来た。それを高耶の膝の上に置く。
高耶の来ていた長衣にくるまれたサンダルだった。 まず服を検分し、目当ての感触を確かめた。

「次に目が覚めた時にはおまえは何もかも忘れている。いいな」

少年は緩慢に頷いた。高耶の唇からフッと何かが煌いた。
少年は声もなくその場にくずおれる。

「おやすみ」

そう呼び掛けると、長衣の襟の、少し硬くなっている部分から銀色に光るそれを取り出した。
キーピックだった。

 

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