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「ザイード王子の使いの者だ。陛下にお目通りを」
第3王子は滅多に王宮に顔を出さない。その代わりに名代として度々ここに来ている側近の
顔くらいは覚えているだろうに、いちいち断らねばならないしきたりが煩わしい。だがもちろん
そんな様子は微塵も見せない。 直江は取り次ぎと荷物検査の間、控えの間に通された。
たとえ王子本人が見舞いに来たとしても、アポがなければ会うことすらできない。3日前 くらいに
時間と車種、見舞いの品まで王宮に知らせておかねばならない。その上到着したときにも
厳重なチェックを受けるのだ。
警備を仕切っているのはハマド王の忠実な側近だ。つまり、長子のアブドゥルさえもこの手続きを
免れることはできない。
王が病床にいる今、暗殺者はもちろん、実の息子たちでさえも油断ができないということか。
(いや…もっとも疑いをかけられているのは王子達かもしれない)
控えの間で待たされながら、直江は王の病状について考えていた。はっきりした病名は
わからず、医師がついているにもかかわらず日に日に衰弱しているらしい。王の病気が
人為的なものではないかという疑いはおそらく誰の胸にもあるだろう。だからこその、この
警備だ。接触できる人間や、特に食事に携わる人間はかなり厳密に制限されている。
(だがその中にこそ犯人がいるとしたら…?)
おそらくそうだろうと推測しつつ、何者かの手によって死に追いやられようとしている
国王に対して、特に何の感慨ももたなかった。確かに今国王が死ねば、自分たちの
立場は少し苦しくなるかもしれない。ただそれだけだ。
ハマドと直江は少なからず繋がりはあった。だが少なくとも直江は、彼に対して何の
感情も抱いてはいない。
だが王の病状の悪化と共に、周囲はすでに動き出している。数日前に捕らえたあの刺客が
いい証拠だ。長兄が雇った、英国の暗殺者。何もこんな形で外国に借りをつくらなくても
いいだろうに――それとも、足がつくのをおそれたのか。
自分を射すくめる、ぎらぎらとした眼差しを思い出して、直江は目を細めた。彼は野生の
獣そのものだ。闘う本能のままに直江に襲いかかってきた。しなやかな身体を翻らせ、
舞のように優雅な動きで直江の隙をついてきた。
かつてキリスト教徒を抹殺するために存在したアサシン――その名をイギリス人が
名乗っているとは笑止だが、彼ならばその名にふさわしい。獰猛で美しい瞳を持った
群れを持たない異教徒――
今まで何人もの刺客を殺してきた。王子の命と、「秘密」を守るため、彼らを生かしておく
わけにはいかなかった。中にはまだ子供のような者もいた。だが直江は手にかけるのを
ためらわなかったし、今でも後悔してはいない。ものごころついた頃から命を狙われ続けて、
そんな感覚はいつしか麻痺していた。
ならばなぜ彼を殺さないのか。生かしたまま捕らえておけば、それだけ逃げられる
可能性が増すということだ。捕らえた刺客を、これだけ長い時間生かしておいたことは
なかった。あまつさえ、ベッドに縛りつけて一日中苛んでいるなどと。
今まで火遊びで抱いたどの女よりも、彼は刺激的だった。まだ男を知らなかった身体は
熟しきってない果実の硬さを思わせたが、内部は驚くほど熱かった。炎を抱いている
ようだった。まっさらな身体は砂に水が染みこむように与えた快楽を覚え込む。新たな
性技を仕込む度に処女と娼婦が同居した、何ともいえない扇情的な表情を露にする。
そして何よりもあの瞳――快楽の涙に濡れていても、哀願の色を浮かべていても、
その奥で絶えず底光りしている、あの漆黒の瞳が、直江の征服欲をいっそう駆りたてて
いた。どんなに屈辱的な行為を強いようと、決して屈することのない高慢な瞳。その目で
ずっと貫かれていると、 まるで組み伏せられている彼のほうこそが征服者であるかのようだ。
その生意気な瞳を思いきり汚してやりたい。その清冽な仮面をむしりとってやりたい。
堕ちるところまで堕として、足元に跪かせてやりたい。もう二度と自分をそんな瞳で
見ないように。
自分が生まれて初めて他人に執着している事に、直江はまだ気がついていない。