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第二王子の城内を歩きまわりながら、直江は釈然としなかった。
アリが毎年この時期にラクダレースを催すことは知っている。よそ者が紛れこむには絶好の
チャンスだ。
下働きの者たちの話では、今年のラクダレースの優勝者の年や背格好は高耶によく似ていた。
とりわけアリが気に入って二晩続けて夕食に招いた上、部屋に呼んだことも聞いた。相手が
人妻や未婚の女性ならともかく、男なら別段スキャンダルでもない。だがそれを聞いた直江の
心中は正直言って穏かではなかった。

アリの反応はしかし、さらに不審を抱かせるものだった。しらばっくれている風でもない。
そしていつもアリの側にいる盲目の青年が今朝に限っていないのも気になった。
納屋にまわると、一人の青年がラクダに餌をやっていた。じっとみていると、相手はふと顔を
あげた。直江を認めると、軽く一礼して立ち去った。

(こんなところにいるはずがないか・・・)

諦めて帰ろうとした時だった。
どこかでゴトン、と音がしたような気がした。
直江ははっとして足を止め、耳をすませる。再び物音がした。近くの物置部屋のようだ。
さびた鉄の引き戸を開け、用心しながら辺りを見回した。薄暗い室内の一角に、人の気配が
する。音は古い木製の道具入れから発しているようだ。
箱には鍵はかかっていなかった。蓋を開けると、中には手足を縛られ、猿轡を噛まされた
人間が入っていた。
その人物がいつもアリの側にいた人間と知って、直江はすばやく踵を返した。

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁ――!」

尋常でない叫び声に、ばたばたと人が駆け寄ってくる。返り血を避けながら高耶はちっと
舌打ちした。ドアが開き、兵達が駆け込んでくるのとほぼ同時に窓から外に出た。
懐からシルバーのベレッタを抜き、下の兵達が銃口を向けるより速く撃ち抜いていく。
幅5cmほどもない足場を伝って隣の部屋の窓から中に入った。複数の足音をやり過ごして
ドアを開ける。たしか角を曲がったところに階段がある。

行く手からやってきた兵を撃ち抜く。背後にいた兵たちがその音で気づき、銃を乱射してきた。
壁や階段の手すりを盾にしながら、着実に敵を減らしているものの、彼等が持っているのは
機関銃だ。一対多数では弾丸の補充をしている余裕もない。

一階に降りて出会い頭に倒した兵から機関銃を奪い、連射しながら一気に廊下を駆けぬけた。
新手が来る前に中庭に出る。だがそこにも追っ手はいる。植木に隠れながらやりすごし、
城の裏側に向かう。裏は断崖だ。下は砂地とはいっても落ちれば命はない。降りる手だても
ないので、こちらには兵も少ない。

銃弾は上からも降ってくる。屋上や二階にいる兵が高耶に気づいて次々に銃口を向けている。
高耶は壁沿いの入り口の陰に隠れながら一人づつ片付けていく。上が静かになると今度は
背後だ。機関銃で応戦しながら裏の城壁に辿りつき、鉤付きロープをひっかけた。

80mはある崖だ。ろくに足場もない。しかも降りる間も上から兵たちが銃弾を降らせて
くる。高耶は上を睨み据えると、汗で滑る片手にロープを巻きつけて固定し、もう片方の
腕で機関銃を構えた。反動に耐えながら連射していく。呻き声が上がり、数瞬後に
高耶の身体すれすれを通って落下していった。

機関銃を投げ捨て、慎重に降りていく。
地上まであと10mを切った時だった。首をめぐらして下を見た高耶はぎくりと動きを止めた。
もちろん今まで下を見なかったわけではない。だが今まで下から攻撃してくる兵はいなかった。


先刻まで誰もいなかった場所に一台の車がとまっている。
そのそばで一人の男が高耶を見上げていた――右手の拳銃で狙いを定めて。

「おまえ――!」

高耶がベレッタを取り出すのと同時に銃声が響いた。

 

 

 

 

「・・・なるほど、英国情報部御用達というわけですか。だが次はもつかどうか」
「その前にオレがおまえの頭を撃ち抜いている」


直江の額に正確に狙いを定めながら、高耶は低い声で遮った。高耶にとってはどんなに
憎んでも憎み足りない相手だ。この男に生涯忘れられないだろう恥辱を与えられた。
絶対生かしてはおかない。そう決意していた。

だがいつからいたのか知らないが、直江が高耶を狙っていたら、さっきの一撃で
殺されていただろう。だが直江が狙ったのは高耶の頭上のロープだった。
金属を織り交ぜているそれは確かに一撃では切れなかったものの、繊維は確実に
削りとられている。

「バカな奴だな。さっさと撃ち殺していればよかったものを」
「その銃に弾が入っていれば、ね」

銃を向けられていても直江は余裕だ。高耶は薄く笑うと引き金に軽く力を込める。

「試してみるか?」
「弾がなくなったから機関銃を奪ったのでしょう?しかもこんなところにまで持って降りてきて」

高耶の表情は変わらない。二人はしばし無言で睨み合った。

「いいでしょう。せいぜい運だめしをします」

軽く吐息して、直江は黒光りする銃口で改めて狙いを定める――高耶の額へと。
一瞬の間を置いて、二人は同時に引き金を引いた。

再び、銃声が響いた。


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