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直江のコルト・ガバメントは続け様に2発、3発と火を吹き、高耶の頭上のロープはブツリと
音を立てて切れた。
撃たれた鳥のように落下してきた高耶の身体を両腕で受け止める。その両手が首に
かかる前にすばやく地面に引き倒し、 腰から飾り紐を抜いて両手首を拘束した。
再び抱えあげて助手席に放り込み、手錠を取り出して左手を
右側のドアに繋いだ。

「賭けは私の勝ちでしたね」

高耶から取り上げた、弾丸の切れたベレッタを後部座席に放りこむ。車は表門を避け、
迂回しながらワディへと向かう。巨大な迷路のような道は天然の要害だ。そもそもが
外部からの敵を撹乱するために利用するが、今は皮肉にも城の追っ手を撒くのに
役立っている。

「…どこに行く気だ」
「もちろん、ザイード王子の城ですよ。あなたのおかげでこちらは大混乱だ。
体勢が整うまでは、あなたにこれ以上動かれると困る 」
「だったらさっさと名乗りをあげればいいだろう」

殺されたのは身代わりで、自分こそが第3王子だと。
だが高耶がそれを口にした時、直江はちらりと高耶の方を流し見ただけだった。

「そう簡単にはいかないんですよ。今まで父親すら騙していたんですから――まあ、彼は
勘づいてはいるようですけどね…それに、名乗りをあげたとたんに誰かに喉首をかき切られ
そうですし 」

最後の一言はあきらかにあてこすりだ。高耶は冷ややかに直江を見た。

「だったらさっさと殺せばいいだろう。オレを生かしておいてどうする気だ」
「…殺す?」

ハンドルを回しながら直江は鼻で笑った。

「イギリス情報部の肩書きを持つあなたには、まだいくらか利用価値がある。それに…
あれだけ苦労して仕込んだ身体だ。もう少しぐらい味わわないとね―― 」

最後まで言い終わらないうちに直江は慌ててハンドルを切った。
突然車が直江のコントロールを離れ、暴走しはじめたのだ。急ブレーキを踏みながら
カーブを切る嫌な音が続く。車は埃をたてながら崖の狭間を危なっかしく蛇行し始めた。

「っ!何を・・・っ」

高耶が助手席からアクセルを踏みつづけていた。押さえ付けようとした直江は鳩尾に
熱い衝撃を受けた。立て続けに直江に蹴りを入れながら、高耶は左手をドアに拘束された
不自由な状態でハンドルを取る。崖と衝突するのを巧みにかわしながら、あえて乱暴な
コーナリングで直江の攻撃を避けた。

タイヤの軋む音が反響する。もはやどこを走っているのかも定かではなかった。
車上の二人は何度もハンドルを奪い合い、文字通り命がけで取っ組み合った。
しかしとうとう、高耶の何度目かの渾身の蹴りで直江の身体がぐらりと傾いだ。
高耶はすかさず手錠の鍵を奪うと手錠を外し、運転席のドアを開けると直江の身体を
放り出した。

運転席におさまると、そのままスピードは落とさず、危なげない運転でワディを通る。
通ったことのない道だが、先刻からほぼ太陽に向かって進んでいる。おそらくこのまま
行けばハイウェイに出られるだろう。

案の上、それほど進まないうちに、突然視界が開けた。一面の砂漠の向こうに、
蜃気楼のような建物が見える。そして、それほど離れていないところに、王宮に向かう
ハイウェイが一本、真っ直ぐに伸びていた。

ほっと息をつきながら、高耶はふと、ワディに捨ててきた男のことを思い出す。人通りの
ないところでその上、車も水もない。城までは徒歩だと相当距離がある。下手をすれば
のたれ死ぬかもしれないな、とどこかひとごとのように考えた。

「どうせなら、足も縛っておくべきだったな」

いまここにいない男に向かって呟いた。
高耶はほくそえむと、王宮に向かうべくアクセルを踏んだ。


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