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オマーン、マスカット――
港にほど近いところにあるスークは、今日もたくさんの人々で賑わっている。
色とりどりのパラソルの下で食料品や菓子、乳香、香炉などさまざまな商品が
並べられ、どの店にも人が群がっている。もちろん男性もいるが、頭から黒いベールを
すっぽりと被った女性達がなぜか多いようだ。
黒のアラブ服に同色の頭布で顔半分を隠した高耶は、広場を囲うように並んでいる
店のひとつに入っていった。入り口の狭いその店は、さまざまな色の布地が掛けられている。
客はこのなかから生地をえらび、服を仕立ててもらうのだ。
しばらくすると、店の主人らしい、背の低いアラブ人が愛想笑いを浮かべながら近づいてきた。
「アッサラーム。何をお探しで?」
「ハサンはいるか」
「へぇ、ハサンは父ですが、あいにく今は留守でして」
高耶はメガネをかけた痩せぎすの小男の顔をじっと見た。それから袖口から小さな守り袋の
ようなものを取り出した。
「これに似た布地で服を作ってほしい。急ぎだ」
アラブ人は青地に金糸の刺繍の入ったそれを一瞥すると、人のよい表情でにこりと笑った。
「奥にちょうどよい生地があるかもしれません。どうぞこちらへ」
奥に入った途端、男の印象はがらりと変わった。愛想の良い衣料品店の主人(の息子)から
抜け目のない情報屋へ。勧められて絨毯の上に座る。そんな高耶の一挙一動を、「ハサン」は
品定めするように眺めていた。
「ウバールの王宮にもぐりこみたい。1週間ほどでいい。上の三人の王子と接触できる身分を」
ハサンはううーむと唸って顎ひげをひねった。
依頼主のアブドゥルに頼めば、ずっとことは簡単だろう。だがアブドゥルの縁者ということになると
他の二人の王子には近づきにくくなる。もしそれとわからない身分を用意していたとしても、
高耶は極力秘密裏に王宮に入りたかった。
刺客など用さえ済めば口を封じてしまうに限る。
会ったことのないアブドゥルをそこまで信用してはいなかった。
「難しいな。あそこは今、国王が病床にいるから警備は特に厳重だ。それに上の3人の
王子はそれぞれ別のところに住んでいる。第2王子は南の部族と毎日やりあっているし、
第3王子は城からほとんど出てこない。顔を見せないなら女装するのが一番だが、
あんたの背丈じゃかえって目立つだろうし 」
首をひねっていたが、突然おおそうだ、と膝を叩いた。
「一週間ほどでいいなら、まあなくもない。あとはあんたの裁量しだいだね」
「本当か。どんな身分だ」
おもわず身をのりだした高耶に、ハサンはだが、食えない微笑を返すだけだ。
「アッラーの御心のままに」
「支払いはする。いくらだ」
男の提示した金額に思わずため息をつく。完全に足元を見られている。
「相場は500だろう」
「2000」
「・・・1000」
「嫌ならいいんですよ。こっちは別に無理に」
業突張りの情報屋は、みなまで言い終えることができなかった。いつのまに
抜いたのか、 青光りする細身のナイフのひやりとした感触が喉元に当たって
いたからだ。だがナイフをつきつけられたことよりも、目の前の髭もない青年の
瞳に宿る剣呑な光に圧倒された。
どうやら客の評価を見誤っていたらしい。
「わ、わかった。1000でいい」
「いかさましやがったら承知しねーからな」
妙にドスをきかせた声で念を押し、ナイフを右足に収めると、衣料屋の主人は
やっと安心したように詳細を話しだした。
この時代、ちょうど中東ががたがたしているときだったので
ちょうどいいや〜vとおもいきややっぱり首しめてる;;;
交渉のお金の単位はドルです。
この時、オマーンは鎖国がやっと解けたばかりです;
改稿 2002/10/11