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エキゾチックな踊りに合わせて笛を奏でる。
そこに居並ぶのは、ハマド王の息子たち。皆果物や飲み物を口にしながら
目の前の余興に興じている。
イエメンのハジト族に伝わるというその踊りは独特なスローテンポの動きで始まり、
テンポがあがるにつれ軽快ににステップを踏み、クライマックスになだれこむ。
薄いベールで顔を覆った女達の舞をに合わせて笛を吹きながら、高耶は先刻から
痛いほどの視線を感じていた。
(誰だ…)
踊り手に目がいくのは当然だ。だが高耶は後ろで笛を吹いているだけだ。黒の頭布に
アラブ服をまとった、しかも男に注目する理由がわからない。
(疑われている…?)
黒い髪と瞳は、ある程度カモフラージュになってくれるはずだ。だがもちろん、いくら
頭布で顔半分を隠していても、 アラブ人でないと見破られる可能性は十分にある。
それに対しての言い訳はちゃんと用意していた。
しかし、視線は執拗に、さりげなく俯く高耶の顔に突き刺さる。
動揺が演奏に出てはいけないと、高耶は必死に平常心を唱えた。

煽り立てるようなリズムでステップを踏む。
ベールの向こうから濡れた瞳が男たちを誘う。
柔らかな、豊満な肉体が激しく揺れて弧を描く。
舞踊のクライマックス。最後にタンッと床を蹴り、そのまま床に伏せった。

周囲から歓声がわく。この宴のしょっぱなから白けたような雰囲気に最初は
どうなることかとおもったが、なにより女性を遠慮なく見られるということが
少なからず場を盛り上げたらしい。

だが、第1王子アブドゥルの簡単なねぎらいの言葉とともに後ろに下がるまでずっと、
その執拗な視線は高耶についてきたのである。

奇妙な宴だった。
病床に伏している父王の回復を祈り、この時期に普段は離れて暮らしている
兄弟同士の絆を深めるため――というのが第一王子アブドゥルの言う、この宴の
目的だったが、ここに集まった者の誰一人として、そんなものは望んでいなかった。
現国王ハマドは、日に日に衰弱していきながらも、未だ皇太子を定めなかった。
厳密に言えばウバールは長子相続ではない。苛烈な気候が生んだ気性の激しい
遊牧民達や虎視眈々と領土を狙う近隣諸国とうまくやっていくには、人望や能力は
欠かせない。それらを無視して凡庸な王を立てれば、せいぜい暗殺やクーデターで
殺されるのがオチだ。そしてそのような運命をたどった者は、今までにも何人も
いたのだ。

有力候補は上の3人――だが、もちろん王位につく可能性があるのは他にもいる。
ハマド王の13人の息子達。成人しているのはそのうちの9人だ。9人の中で、今夜は
1人だけ――第三王子のザイードが、病気を理由に欠席している。

「ザイードはまた来てないのか。困ったやつだ」

第二王子アリが、精力的に果物を頬張りながら野太い声でいう。熊のような
巨漢で、 全身から威圧感をふりまいている。 ダム、スール、ハッダ…
いずれも勇猛だが気性の荒い部族からなる軍を掌握しているという。だがその
統率は、命令に従わないものは容赦なく厳罰に処するという、一種の恐怖政治
からくるものだった。特に裏切り者は最も残忍な方法で処刑するという。
力で従えることしか知らないようだな――と高耶は座の片隅から観察する。

「具合が悪いのだ。仕方なかろう」

コーヒーを飲みながらアブドゥルが言う。アブドゥルはどちらかというと細面の、
理知的な顔をしていた。36というが、老けて見える。イギリスに留学したことが
あるため、英語は堪能だ。ここに来てから挨拶程度の会話しかしていないが、
穏かな表情の裏で何を考えているのかわからない、油断のできない相手、
というのが高耶のアブドゥルに対する印象だった。


戒律にしたがって、この国では酒は飲めない。
素面の宴ということが、雰囲気をますますしらけさせている。
その上、アリはまったくあけすけに問題発言をする。

「どうだかな。案外部屋に閉じこもって何やら画策しているかもしれんぞ。そういうのは
あいつの十八番だからな。父上の病気だって案外… 」
「そういうおまえが一番あやしいんじゃないのか」
突然切りこんできた言葉に、アリの表情はまたたくまに朱に染まる。
「なんだと!」
「アリ」

アブドゥルが静かに制したが、侮辱されたアリはおさまらない。発言したのは第五王子の
ファイサルだ。腰にぶら下げていた三日月刀を抜いてアリはいきり立つ。もう宴どころでは
なかった。

アブドゥルの目配せでの許可を受けて、芸人達はそそくさと退場する。その時なお、
つきまとう視線の主をさがして高耶は首をめぐらせた。

案外近かった。後方の柱の影に、その人物は佇んでいた。
けっこう長身だ。白い衣装を着てこちらを真っ直ぐに見ていた。整った顔立ちに琥珀色の瞳。
だがその瞳に品定めされているような気がして、高耶は退出しざまに、まっすぐに
睨みつけた。相手はなにか驚いたような表情をしていたが、口もとは薄く笑っている。
高耶は振り切るように顔を背けると、踊り手たちに続いて退出した。
心に漠然とした胸騒ぎを感じながら――




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