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角を曲がるなり現れた相手を一撃で倒す。声をあげる間もなく絶命した男を慎重に床に下ろし、
高耶は音をたてずに扉を閉めた。
消毒薬の匂いが鼻をつく。床はこの王宮内では珍しいフローリングで、二つの丸椅子と机、
薬瓶が入っているらしい棚と 簡易ベッドがある。
傷だらけの木の机の引出しを開けた。上の方には何もはいっていなかった。ところが一番下の、
大きな引出しには鍵がかかっている。服に仕込んであった針金を使って開けた。

中に入っていたのは何冊ものノートとカルテだった。

 

2月7日

夕食の後、軽い嘔吐。一時間後には収まったが、身体のだるさを訴える。

5月15日

朝食を拒否するが、説得の後少しだけ食す。眼下が窪んできた。

7月30日

夜半の礼拝後に発作。しきりに誰かの名を呼ぶ。

9月2日

昼食の後で下痢。しきりに胃の痛みを訴える。

 

ここにあるのは今年に入ってからの王の病状の記録だ。おそらくそれ以前のものは
どこかにしまってあるのだろう。これを見る限り、王は大抵食事の後に具合が悪く
なっている。しかしこれを書いた医者(だろう)から、そのことが提言されている気配は
ない。この人物はその場その場で痛み止めや喘息の薬などを処方して、あとは淡々と
書き取っているだけだ。

国王が以前から毒に冒されていただろうとは高耶も見当はついていた。スープか何かに
すこしずつ混ぜて弱らせることなど、簡単なことだろう。
問題は、自然死にみせかけて殺そうとしていた者を、いきなりあんな残虐な方法で始末
したことだ。はじめは毒を持っていたのとは別の犯人かとおもったが、王宮に忍び込んでから
やたらと追っ手と遭遇するところをみると、どうやらそうともいいきれないらしい。
つまり高耶は犯人にとって、国王殺しの罪をなすりつける格好のスケープゴートだという
わけだ。

 

 

最新のノートだけを抜き取り、部屋を出る。途端に兵が襲いかかってきた。今度は二人だ。
一人づつ片付ける間に声を出された。


ばたばたと複数の足跡が近づいてくる。高耶は階段を降り、部屋のひとつに滑りこんだ。
そこは使用人の部屋のようだった。 狭い部屋の中に、粗末なベッドと小さな書き物机が
ひとつだけ。机の引出しを開けると、中に褪せた青の布製表紙の本が入っていた。
めくってみると、それは日記のようだった――


『アッラーよ、お許しください。私はなんと恐ろしい事をしているのでしょう――!』


最後の日付は王が殺される数日前だ。日記はその一行で終わっていた。あとは空白
ページが続くのみだ。
日記と小瓶を引き出しの中に戻そうとした時、突然背後に殺気を感じた。

「!」

屈んだのは本能だった。もし一瞬でも動きが遅ければ、高耶の首は確実に飛んでいただろう。
椅子が転がった。相手の攻撃が見えない。今までにない速さをもつ敵の攻撃を高耶は
夢中で避けた。空気を裂く音だけを手がかりに、次々と繰り出される見えない攻撃を
勘に従ってかわし続ける。

(こいつも殺し屋か――ッ)

どうみてもプロの腕だ。高耶が「動きが見えない」敵など初めてだった。だが相手の顔を
確かめている余裕もない。相手は容赦なく高耶を追い詰める。一度でもかわしそびれたら
それで終わりだというように。
狭い部屋でやりあっているうちに、高耶の足がベッドの足に僅かにひっかかった。

左の上腕に熱い痛みを感じた。素早く体勢を立て直し身構えたものの、額には脂汗が滲んで
いる。そうしてようやく高耶は相手を正面から睨みすえた。

東洋人だった。かなりの長身で、黒の長衣の上からでも、固く引き締まった筋肉が無駄なく
ついた、逞しい体躯がうかがえた。黒髪をバックに流し、やや面長の顔は猛禽類の嘴を
思わせる。だがその顔は能面のように無表情で、冷たく醒めた瞳が高耶を見下ろしていた。

「なかなかやるようじゃの」

内心を窺わせない口調で男は言った。男の左の袖もまたすっぱりと切られて、血の滲んだ
腕が剥き出しになっている。そこにあるものを見つけて、高耶は驚きに目をみはった。

「――おまえはっ…まさかおまえが…!」
「わしの匕首から生きて逃れた奴ははじめてじゃ。」

高耶の驚きなど意に介さぬように男は続ける。

「今は契約が残っちゅうきに、命は取らん。じゃが今度会うたら必ず勝負つけちゃる。
覚悟しちょれ」
「…!待て!」


高耶の制止も無視して男は堂々とドアを開けて出ていった。無造作に歩いているようだが
全く足音を立てない。だが入れ違いにたくさんの足音がこちらに近づいてきた。
騒ぎを聞きつけたのだろう。逃げる間もなく半開きになった ドアが再び乱暴に開けられた。

「ここにいたぞ!」


突進してくる男達を尻目に、窓の外に飛び出した。左腕から血がどくどくと流れているのがわかる。
建物と外壁の間を抜けながらどうしたものかと考えた。医者の記録も入手したし、王殺しの黒幕の
見当はついている。
このまま国に帰ってもよいが、例の勘が、高耶に警鐘をならしていた。ここで帰ったらまずい
ことでもあるのか。
だが現実に、このままここにいるのもまずい状況だ。

背後から追われていた高耶は、行く手に追っ手が現れたときに、とうとう追い詰められた
ことを知った。

「そこまでだ!陛下を弑し奉ったサソリめ。地獄に落ちるがいい――!」

一瞬のうちに高耶を取り囲んだ兵達は、皆一斉に機関銃を構え、少しでも動けば
蜂の巣にせんと、銃口を向けていた――

 

 


 <アサシン部屋


土佐弁協力ばーい流さまv
後々兵頭と対決させようと思ってここで出したはずなんだけど
本編で出番あるんだろうか・・・。