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タンッと軽い音を立てて、素足が床を蹴る。飛び離れる形で、パートナーと対峙する。
腰に下げているジャンビーアと呼ばれる三日月刀を抜き、頭上高く掲げながらステップを踏む。
ほの昏い明かりを受けて、ゆらゆらと揺れる刀身が鋭く光る。太鼓の音が、闘いの前兆のように
低く轟く。実際ウバ族の男舞は闘いの様子を踊りにしたものであるからまさにそうなのだが、
笛の音が入らない分、より戦闘的な雰囲気をかもしだしていた。
踊りは相手と左右対称だ。高耶は注意深く相手の次の動きを読みながら自分の動きを合わせる。
相手を見据えながら刀を振ってステップを踏み、近づいて2、3度刀を交える。最初のうちは何度か
内心ひやりと していたが、しばらくするとパターンが飲み込めてきた。
先ほどの踊りとは違う熱気が、広間を満たし始めた。もともと男舞は女舞ほど華やかではないし、
即興とあって二人とも踊りの名手とはいえない。しかも若い方が最初の方は足元も覚束なかったが
中盤にさしかかると動きにキレがでてきた。舞踏家としてのそれではない、武道家としての動きだ。
まだ髭もはやしていない青年は、無意識にか、瞳に刀より鋭い光を湛えて相手を見据えている。
迷いのなくなった動きの一挙一動に、ほとんど殺気に近い気迫がこもる。 だが剣を繰り出す動作は
あくまでも滑らかで、優雅ささえ感じられる。まるで獲物を追う野生の獣をみているようだ。
高耶の気迫に、団長も無意識のうちに戦士の気をまとう。果し合いのような二人の舞に、もともと
戦闘的な血をひいた観客達はしだいに興奮していた。
王子の側に控えていた男もまた、高耶をみていた。その目鼻立ちの整った顔から、先ほどまでの
薄笑いは消えていた。その薄い色の瞳は高耶しか見ていない。相手を射すくめる力を持った瞳を
一心に見つめていた。ステップを踏む度に、衣の裾があがってふくらはぎが見え隠れする。
剥き出しの足首の細さに目をみはった。
顔半分を覆っていた頭布は動いているうちに解れ、仰け反るたびに喉元からわずかに開いた襟の
中を覗かせている。動いているせいか、それとも周囲の熱気に感応したせいか、ほんのり上気し、
黒い瞳を潤ませた高耶の表情は扇情的ですらあった。
太鼓の音が激しくなり、踊りはクライマックスになった。跳躍しながら刀を交え、唐突に終わる。
再び歓声があがった。高耶もほっとして団長を見ると、よくやったというようににこりと笑った。
仲間でもなく、利害のみで結びついた関係だったが、それでも高耶の度胸にあっぱれとおもった
らしい。
だが正面を向いて、あの男と目が合った途端、浮かれた気分は吹っ飛んだ。すぐに目を伏せ、
膝をつく。
男は高耶と団長に微笑むと、 まんざら上辺だけでないねぎらいの言葉をかけた。
「即興とはおもえない、すばらしい舞でした――ええと、そちらの方の名前は」
「マリブです」
「踊りが不得手と言っていましたがとてもそうは思えない。
笛手にしておくにはもったいない踊りでした。
――今日は疲れたでしょう。どうぞ今夜は泊まっていってください」
勧める側近に、団長はいえ、と辞退する。
「まことに恐縮ながら、今宵は夜半の礼拝までには帰ってくる様に第1王子様より仰せつかって
おりますので」
高耶の目的を薄々感づいているだろう団長は、おそらく巻き込まれてはかなわないとおもった
のだろう。高耶にしてもそのほうが好都合だった。泊まっている最中に手を出せば、容疑は
嫌でも彼らに向かう。
王子も、側近もそれ以上は引き止めようとはしなかった。
「それは残念。ではまた日を改めてお願いに参りましょう」
――やるとしたら今夜だ。
退出の礼をしながら、高耶は目を細めた。
できればもう少し時間が欲しかったが、それでなくとも王宮にいられるのがあと3日。この機会を
逃したら、警備の厳重なこの城に再び入り込むのは難しい。ハマド王に毒を盛っているという
噂も真偽を調べたかったが、最優先事項は「邪魔物の排除」だ。
決意を胸に秘め、広間を退出するその背中を、ザイードの側に控えた男は見えなくなるまで
ずっと目で追っていた。
二人に「高耶さん」「直江」と呼ばせるのはもうちっと後になります。
・・・ってか、直江、仮の名前もでてきてないです;
改稿 2002/10/11