Outfox

 



「…何でおまえがここにいる」

 睨む高耶の髪の毛の先からは、拭いきらなかった水滴がぽたぽたと落ちている。
滴は清潔な白いバスローブのパイル地に音もなく吸いこまれていく。
まるで洗いたてられて毛を逆立てたネコだな、と直江は密かにおもった。

 ここに来て息が整った時、高耶はここから出て行こうとした。まったく正気の沙汰ではない。
暴れる高耶を抱き抱え、バスルームに放り込んだ。
「埃っぽいのは嫌いなんです」と切り捨てて。

 そう言う直江自身もかなり埃まみれだった。無言でバスルームを出た高耶と入れ違いに
シャワーを浴びた。
出てくると、意外にも、高耶はおとなしくそこで待っていた。

 こうして高耶と顔を合わせたのは2ヵ月ぶりだ。
洗いたてたおかげで黒髪は本来の艶を取り戻し、小麦色の肌はこの土地の乾燥しきった
空気にさらされてもしっとりとなめらかな質感を保っている。
バスローブの裾からすらりとのびた手足や開いた胸元に、直江は僅かに目を細めた。

「公務のついでに少々買い物をね――それにしても、こんな日まで働かせるんですか、あなたの職場は。」

 溜息混じりに吐かれた直江の言葉に、高耶は首をかしげた。

「?」
「まさか…覚えてないんですか?」

 きょとんとした高耶に、今度は直江が呆然とする番だった。
自分に無頓着なひとだとはおもっていたが、まさかここまでだとは。

 直江は高耶の左手を取ると、手の中に持っていたそれを薬指に滑らせた。
少しくすんだ紅の宝石をあしらった純金のリングは、高耶の指より少し大きかった。

「お誕生日おめでとうございます」

 恭しく手を取って、リングを嵌めた指にくちづけた。

 

「…何の真似だ」

 高耶の目が険悪に眇められた。
この手の冗談が嫌いなことは直江も知っているはずだ。
だが高耶の形相も知らぬ気に、直江はにっこりと微笑んだ。

「婚約指輪です」
「オレは女じゃない…ッ」

 叫ぶなり、指輪を抜き取って投げ捨てた。
激昂しているなんてものじゃない。目の前のふざけた男に本気で殺意を抱いた。
問題は女扱いしたことではない。直江の目は終始高耶を観察していた――興味津々といった態で。

この男はいつのまに自分に対してこんな態度をとるようになったのか。
あの飢えたぎらぎらしたまなざしは一体どこにいってしまったのか。
どんな激情も時間がたてばこんな風に冷めてしまうものなのか。
 理屈ではなく、裏切られた気分だった。

 声もなく、小刻みに震えながら睨みつけてくる高耶を見て、直江はふっと表情を改めた。

「怒っているのは…本気じゃないから?」

 高耶は踵を返した。服をひっつかんで部屋を出て行こうとしたが阻まれた。

「答えて、高耶さん。俺の本気が欲しい?」
「離せ…ッ」

 触れられるのも厭わしいとばかりに暴れる高耶を、直江は頑強な二の腕で羽交い締めにした。

「あなたを試したことは謝ります。
でもたまにしか会えないんですから、お互い変わっていないかと疑うのは当然でしょう?」

 あなただって俺を疑ったくせに、と耳元で低く囁かれて、高耶の頬に朱が走った。
一旦腕を解かれ、有無を言わさぬ力で向き合わされると、高耶のよく知る、冷たくて熱い、
野蛮なまなざしが高耶を捕らえた。

「こちらから出向こうとおもっていたんですが丁度よかった。誕生日プレゼント、受けとってくれますよね?」

 高耶は頭一つ分高い相手をはっきりと睨みすえた。

「指輪なんか受けとらねーぞ」

 釘を刺したつもりだったが直江は余裕の表情だ。

「さっきのは冗談ですよ。だいたい今さら婚約指輪もないでしょう。あなたはすでに俺のものなんだから」
「ふざけん――…ッ」

 罵声は唇で封じられた。



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うおーはずかちー!!(悶)このバカップル丸出しな痴話喧嘩、まさしく番外編仕様・・・。