昼休み、窓際で角材ワインドアップをしていた三橋は、ふと窓の外を見た。
グラウンドに数名の男子がいて、ハンドボールをやっている。
他のクラスの人たちだ・・・とおもったら阿部がいた。
誰かからパスされたボールを片手で軽々とキャッチする。ゴール付近までディフェンスをかわしてドリブルしシュートをきめた。
阿部はキャッチャーをやっているだけあってか、手が大きい。バレーボールより一回り小さいボールを易々と掴む、その手は骨ばっていて、とても頼もく、かつ男らしい。

(阿部君は何やってもかっこいいなあ)

いつのまにか窓に張り付いて外を見ていると、

「何みてんの〜?」

後ろからがばっと、田島に抱きつかれた。

「あっ阿部だ!おーい阿部ー!!」

三橋が答える間もなく目ざとく仲間の姿をみつけると、教室から身を乗り出して大声で呼んだ。
教室の中にいた誰もがぎょっとこっちを向くような大声に、グラウンドにいた阿部も気づいた。
こっちを向いたその顔が、身を乗り出した田島の下から顔を出している三橋に気づいたかどうかはわからない。
阿部は一見不機嫌そうに見える無表情のまま、こっちに手を振った。
三橋は焦った。

(い、今の、田島君に手をふったんだよね?)

三橋はきょどきょどとおちつかなくあたりを見回した。自分が手を振っていいんだろうか。でも田島に手を振ったのに自分なんかが振り返したりしたら嫌な奴だと思われないだろうか。ただでさえいつも迷惑をかけているのに、これ以上阿部に嫌われるのは嫌だ。
しばらくうろうろと視線をさ迷わせたあと、そーっとそちらに目を戻すと、阿部がはっきりとこっちを、三橋を、睨んでいる・・・気がした。

「ひっ」

三橋はとっさに目をそらしてしまった。なんでこういうときばかり、にらまれたのは自分だとわかるのだろう。

(オレなんかが見ていたから、お、おこっ・・・)

びくびくしながらもういちどそらした目線を無理やりグラウンドに戻すと、阿部はもう背中を向けて行ってしまうところだった。
その背中を眺めながら、ほっとするよりも悲しくなって、涙がじわりとあふれてくる。

大事にしようって決めたのに、自分は彼に嫌な思いをさせてばかりだ。
どうしていつもこうなってしまうんだろう。

 

 

 

 

(何だよあの態度!ムカつく!)

聞き覚えのあるばかでかい声に振り向いて最初に目に入ったのは、窓から大きく身を乗り出して手を振っている田島ではなく、彼の下で、窓枠に隠れるようにしてこっちを見ている三橋だった。窓に張り付いている手にはそれぞれボールと、グローブ。あいつ教室で何やってるんだ?まさかキャッチボールとかしてないよな?

とりあえずこっちを見ていたから手を振ってやったら、あいつ誰に手を振ってるのかって顔できょろきょろ見回しやがった。
おまえだよ。おまえに振ってんだよ!こっち向け!
強く念じていたら、ようやくそろりとこっちをむいた三橋の顔が、阿部の顔をみるなりびくっと固まり、あわててまた背けられた。
とてもバッテリーを組んでいる相手とは思えないその態度にやるせなくなって、阿部はクラスメイトに一言断ると、もう校舎のほうは見ようとせずに昇降口に向かった。

田島とは肩組むくせに、どうしてオレに対してはいつまでもああなんだ。
球受けている時は通じ合っている気がするんだけどな。
それにこの前三橋が家の鍵をなくした時には、自分が部室の鍵を持っていたからとはいえ、三橋から電話をかけてくれて嬉しかった。
ちょっとは近づいたかな、と思ったとたんに、こんな風に二人の間の距離を思い知らされる。
ひょっとして、オレ達ずっとこのままなんかな。

阿部は、はぁーっと長いため息をついた。

 

 

 

 

 

その日、三橋は朝から様子がおかしかった。
挙動不審なのはいつものことだが、阿部が体重を聞いたり、手のチェックをしている間にもそわそわ、チラチラと阿部を見ていた。「何?」と阿部が聞くと、一瞬びくっとして、それから口をひらくものの、そこから言葉が出る前に集合の合図がかかってしまう。練習中はそうそう話などできないし、三橋もそれはわかっている。投球練習は調子がよかったので体調が悪いとかの話ではなさそうだ、とひとまず安心はするものの、それ以外の練習でもうろちょろとまとわりついてきた。後片付けの時にでも話を聞いてやりたかったが、監督に呼ばれてしまい、かなわなかった。

(よっぽど言い出しにくいことなんかな)

そんな様子だったから阿部も当然気にはなっていたものの、三橋はなんと休み時間の度に7組まで来た。田島に連れられて――というよりは、田島に頼んで連れてきてもらっている、という感じだったが、田島の後ろから一生懸命阿部に話しかけようとしていた。だが要領の悪い三橋が短い休み時間の間に用件を話せるはずもなく――それも、皆の前でなく阿部だけに話したそうな様子だったので余計に要領を得なかった。どちらかが教室移動の時には当然話もできない。そんなわけで、ようやくゆっくり話ができたのは昼休み、業を煮やした阿部が弁当を手に三橋の教室を訪れ、屋上に連れ出した後だった。

「あ、のっ・・・あのあのっ・・・今日」

今日何度も聞いたその台詞を、阿部はじっと耐えて聞き、続きを待った。

「えっとその、今日・・・うち、に、と、泊まりに、きません かっ」
「ハァ?!」

思わずそんな声が出てしまったのは仕方がない。たったそんだけのことが何で今まで言えねーんだ!とか、もっと深刻な話かとおもって心配して損したチクショウとか、だいたいそういう話は前日までに言えよな着替えとかいろいろ取りに戻らなきゃなんねーだろーがとか、いろいろな感情が一気に押し寄せてきたからだ。だがその苛立ちをたっぷり含んだ反応に、三橋の肩はびくっと跳ね上がり、ついでそれまで紅潮していた顔色がみるみる真っ青になった。

「ごごごごめんなさっ・・・オ、オレ、迷惑・・・」
「迷惑じゃねーよ!」

怒鳴ってしまってからまたしまったと思い、がたがた震える三橋をもてあましてガリガリと乱暴に頭をかいた。

「あー・・・お前んちに泊まるって話は別に迷惑じゃねーよ。っていうか、お前のほうこそオレが行っていいのか?」

オレの前にいるだけでこんなにガチガチじゃねーかよ。田島あたりを誘った方が楽しいんじゃないか?

そう思ってたずねると、三橋は意外にもはっきりと、「あ、阿部君が、いいん だ!」と言った。

「この間の鍵、のお礼がしたい、って、オヤが」

ああ、と阿部は納得した。この前三橋が両親不在の日に家の鍵を失くして、一緒に学校まで探しに行ったが見つからなかったので阿部家に泊めたのだ。結局鍵はポケットに入っていたわけだけど。

「そんなん別に気にしなくていいって。困った時はお互い様だろ。別に泊めたからって泊め返さなくたって」
「ち、違う!」

三橋が人の話を遮るのは珍しい。勢いにのまれて阿部はおもわず口をつぐんだ。

「そうじゃ、なくて!オ、オレ、この間、阿部君の家、で、一緒で、う、嬉しかった カラ」
「・・・・・・」
「ううっ・・・阿部君、迷惑・・・・」
「迷惑じゃねーって言ってんだろ!」

(やべえ、泣きそう)

あの夜三橋が阿部家に泊まったのは不可抗力で、三橋にとっては災難のおまけのようなもんだと思っていた。
苦手な人間の部屋で寝るなんて、災難以外の何ものでもないだろう。
でも三橋は阿部の部屋に泊まったのが嬉しくて、今度は自分の家に泊まりに来いと誘っている。
もっと話したい、もっと近づきたいと、自分ばっかりが思っていたわけじゃないんだと知って、嬉しいより先に感動してしまう。

阿部はくるりと背を向けながら、じゃあ泊まらせてもらう、ありがとな、と何とかそれだけ伝えると、母親に今日の予定を伝えるべく携帯を取り出した。

 

 

 

いつもどおり部活を終えて、いつもの分かれ道で一旦三橋と別れた阿部は、自宅に着替えや翌日の教科書などを取りに戻ってから三橋家を訪れた。
到着すると、すでに門のそばでうろうろと阿部を待っていた三橋はもちろんのこと、母親の歓迎ぶりも大したものだった。順番に風呂に入った後、阿部は3人分とはとても思えない量の食事でもてなされ、「いつも廉の面倒をみてくれてありがとねぇ〜」と何度も言われた。いつも怯えさせてばかりで好意をもたれているかどうかすら怪しいのに(いや、感謝しているとは言っていたけれども)、その相手が家では手放しで阿部をほめていると言われては、なんだか胸のあたりがむずむずして居たたまれない心地だった。

今日、三橋の誘いに応じたのは、三橋ともっと話したいと思ったからだけれど、実際は部活から帰ってきて風呂と食事が済めば、眠くなってそうそう起きてはいられない。明日もまた朝練がある。思えば、三橋が阿部の家に泊まった時にもそうだった。
三橋の部屋に上がると、ベッドの横に布団が敷いてあった。襲ってくる睡魔に抗えず、寝るかー、とパジャマを取り出す阿部の背中に、遠慮がちな声がかけられた。

「あ、あのっ・・・」

振り向くと、いつのまにか真後ろに来ていた三橋が、枕を片手に布団にのの字を書いていた。

「あのっ、あのっ・・・・い、一緒に、寝ません か?」
「は?」

一緒にって、これから寝るんじゃないのか?と怪訝な顔をする阿部に、三橋はそうじゃなくて、と口をぱくぱくさせた。
同じ布団で寝たいのだと理解するまで、なけなしの忍耐力を総動員した。

「いいけど・・・狭くねぇ?」
「へ、いき!」

実際狭いとおもったが、嬉しさではちきれんばかりの三橋の表情を見ると、もう何も言わずに三橋のベッドにもぐりこんだ。

(あー、そういえば話をしにきたんだよなー・・・)

他愛のない話でいいからいつもより話をして、もっとわかりあえれば、と思っていたのだが、泥のように溜まった疲れが、身体を眠りへと沈めていく。

「あべくん・・・」
「んー」

目をつぶったまま生返事をすると、遠慮がちにごそごそと阿部の腕を探っていたタコだらけの手が、阿部の左手を探り当ててきゅっと握ってきた。

「あのね、オレね・・・」

三橋は眠りかけている阿部の肩口で、内緒話を打ちけるようにこしょこしょとつぶやいた。

「もっと仲良くなりたい・・です」

誰と?オレと?

とりあえず今は眠いから、明日の朝起きたらこいつに言ってやろう、と阿部は思った。

「今度はオレが手を振ったらシカトすんなよ」って。

 

おふとんをはんぶんこってことで・・・ああこじつけくさい;;

 

「みーつけた」 「あと、もう少し」

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