昼休み、窓際で角材ワインドアップをしていた三橋は、ふと窓の外を見た。 (阿部君は何やってもかっこいいなあ) いつのまにか窓に張り付いて外を見ていると、 「何みてんの〜?」 後ろからがばっと、田島に抱きつかれた。 「あっ阿部だ!おーい阿部ー!!」 三橋が答える間もなく目ざとく仲間の姿をみつけると、教室から身を乗り出して大声で呼んだ。 (い、今の、田島君に手をふったんだよね?) 三橋はきょどきょどとおちつかなくあたりを見回した。自分が手を振っていいんだろうか。でも田島に手を振ったのに自分なんかが振り返したりしたら嫌な奴だと思われないだろうか。ただでさえいつも迷惑をかけているのに、これ以上阿部に嫌われるのは嫌だ。 「ひっ」 (オレなんかが見ていたから、お、おこっ・・・) びくびくしながらもういちどそらした目線を無理やりグラウンドに戻すと、阿部はもう背中を向けて行ってしまうところだった。 大事にしようって決めたのに、自分は彼に嫌な思いをさせてばかりだ。
(何だよあの態度!ムカつく!) 聞き覚えのあるばかでかい声に振り向いて最初に目に入ったのは、窓から大きく身を乗り出して手を振っている田島ではなく、彼の下で、窓枠に隠れるようにしてこっちを見ている三橋だった。窓に張り付いている手にはそれぞれボールと、グローブ。あいつ教室で何やってるんだ?まさかキャッチボールとかしてないよな? とりあえずこっちを見ていたから手を振ってやったら、あいつ誰に手を振ってるのかって顔できょろきょろ見回しやがった。 田島とは肩組むくせに、どうしてオレに対してはいつまでもああなんだ。 阿部は、はぁーっと長いため息をついた。
その日、三橋は朝から様子がおかしかった。 (よっぽど言い出しにくいことなんかな) そんな様子だったから阿部も当然気にはなっていたものの、三橋はなんと休み時間の度に7組まで来た。田島に連れられて――というよりは、田島に頼んで連れてきてもらっている、という感じだったが、田島の後ろから一生懸命阿部に話しかけようとしていた。だが要領の悪い三橋が短い休み時間の間に用件を話せるはずもなく――それも、皆の前でなく阿部だけに話したそうな様子だったので余計に要領を得なかった。どちらかが教室移動の時には当然話もできない。そんなわけで、ようやくゆっくり話ができたのは昼休み、業を煮やした阿部が弁当を手に三橋の教室を訪れ、屋上に連れ出した後だった。 「あ、のっ・・・あのあのっ・・・今日」 今日何度も聞いたその台詞を、阿部はじっと耐えて聞き、続きを待った。 「えっとその、今日・・・うち、に、と、泊まりに、きません かっ」 思わずそんな声が出てしまったのは仕方がない。たったそんだけのことが何で今まで言えねーんだ!とか、もっと深刻な話かとおもって心配して損したチクショウとか、だいたいそういう話は前日までに言えよな着替えとかいろいろ取りに戻らなきゃなんねーだろーがとか、いろいろな感情が一気に押し寄せてきたからだ。だがその苛立ちをたっぷり含んだ反応に、三橋の肩はびくっと跳ね上がり、ついでそれまで紅潮していた顔色がみるみる真っ青になった。 「ごごごごめんなさっ・・・オ、オレ、迷惑・・・」 怒鳴ってしまってからまたしまったと思い、がたがた震える三橋をもてあましてガリガリと乱暴に頭をかいた。 「あー・・・お前んちに泊まるって話は別に迷惑じゃねーよ。っていうか、お前のほうこそオレが行っていいのか?」 オレの前にいるだけでこんなにガチガチじゃねーかよ。田島あたりを誘った方が楽しいんじゃないか? そう思ってたずねると、三橋は意外にもはっきりと、「あ、阿部君が、いいん だ!」と言った。 「この間の鍵、のお礼がしたい、って、オヤが」 ああ、と阿部は納得した。この前三橋が両親不在の日に家の鍵を失くして、一緒に学校まで探しに行ったが見つからなかったので阿部家に泊めたのだ。結局鍵はポケットに入っていたわけだけど。 「そんなん別に気にしなくていいって。困った時はお互い様だろ。別に泊めたからって泊め返さなくたって」 三橋が人の話を遮るのは珍しい。勢いにのまれて阿部はおもわず口をつぐんだ。 「そうじゃ、なくて!オ、オレ、この間、阿部君の家、で、一緒で、う、嬉しかった カラ」 (やべえ、泣きそう) あの夜三橋が阿部家に泊まったのは不可抗力で、三橋にとっては災難のおまけのようなもんだと思っていた。 阿部はくるりと背を向けながら、じゃあ泊まらせてもらう、ありがとな、と何とかそれだけ伝えると、母親に今日の予定を伝えるべく携帯を取り出した。
いつもどおり部活を終えて、いつもの分かれ道で一旦三橋と別れた阿部は、自宅に着替えや翌日の教科書などを取りに戻ってから三橋家を訪れた。 今日、三橋の誘いに応じたのは、三橋ともっと話したいと思ったからだけれど、実際は部活から帰ってきて風呂と食事が済めば、眠くなってそうそう起きてはいられない。明日もまた朝練がある。思えば、三橋が阿部の家に泊まった時にもそうだった。 「あ、あのっ・・・」 振り向くと、いつのまにか真後ろに来ていた三橋が、枕を片手に布団にのの字を書いていた。 「あのっ、あのっ・・・・い、一緒に、寝ません か?」 一緒にって、これから寝るんじゃないのか?と怪訝な顔をする阿部に、三橋はそうじゃなくて、と口をぱくぱくさせた。 「いいけど・・・狭くねぇ?」 実際狭いとおもったが、嬉しさではちきれんばかりの三橋の表情を見ると、もう何も言わずに三橋のベッドにもぐりこんだ。 (あー、そういえば話をしにきたんだよなー・・・) 他愛のない話でいいからいつもより話をして、もっとわかりあえれば、と思っていたのだが、泥のように溜まった疲れが、身体を眠りへと沈めていく。 「あべくん・・・」 目をつぶったまま生返事をすると、遠慮がちにごそごそと阿部の腕を探っていたタコだらけの手が、阿部の左手を探り当ててきゅっと握ってきた。 「あのね、オレね・・・」 三橋は眠りかけている阿部の肩口で、内緒話を打ちけるようにこしょこしょとつぶやいた。 「もっと仲良くなりたい・・です」 誰と?オレと? とりあえず今は眠いから、明日の朝起きたらこいつに言ってやろう、と阿部は思った。 「今度はオレが手を振ったらシカトすんなよ」って。
おふとんをはんぶんこってことで・・・ああこじつけくさい;;
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