9月23日
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「…」 畳紙(たとうがみ)の中から現れた、目にも鮮やかな緋色の襦袢を見て、リクオは何とも言えない表情で押し黙った。 「正絹(しょうけん)の逸品だぜ。色はもちろんだが、織り込んだ桜模様が綺麗だろ?」 お前に絶対似合うと思って、と鴆は襦袢とそれを手に取るリクオを見比べて満足げだ。 誕生日を祝ってくれるだけで嬉しいし、祝いの品にけちをつける気など毛頭ないが。 この襦袢は単に、鴆が自分に着せたいだけだろう、とさすがにリクオでもわかる。 「…おめー、赤い襦袢大好きだもんな…」 春の花見の宴の時に、たまたま着ていた緋襦袢に鴆が大興奮した夜を思い出す。 一気に疲れた声でリクオが礼を言うと、鴆はからからと笑って冗談だ、と言った。 「そっちも着て欲しいけどな。本当の祝いの品はその下だ」 言葉の通り、緋襦袢を包んだ畳紙の下には、もう一枚包みがあった。 中から出てきたのは漆黒の長着だ。 草木染めでむらなく染められた上質な絹織物は、やわらかな光沢を放っている。 「そいつは出入り用だ。 身につけてくれたらありがてえ」 本当は出入りの度に百鬼夜行に加わって、リクオのために翼を広げたい。 それができないなら、せめて贈った品と共に心だけでも。 そんな鴆の気持ちが痛いほど伝わってきて、 リクオは今度は鴆の目を見て礼を言った。 「着てみてくれよ。襦袢もな」 正座していた足を崩し、胡坐に懐手をしてねだる鴆に、リクオは視線を気にしつつも、目の前で贈られた着物に着替えた。 黒地に赤。下品になりかねない色目でも、リクオが着ると粋で上品にすら見える。 「何とか言ったらどうなんだ」 無言で見つめる鴆の視線に、リクオは落ちつか無げに目を伏せた。 リクオの催促に、鴆はああ、と間の抜けた声を返す。 明るい緑の目は、おろしたての着物に身を包んだ若い主に釘付けになっている。 「綺麗だ」 普通、男に向けるものではない、だが率直な賛辞に、リクオの頬がさっと赤くなった。 そんなリクオの白い手を、骨ばった大きな手が掴み、引き寄せる。 リクオは抗うことなく、胡坐をかいた鴆のすぐそばに膝をついた。 促されるまま抱き寄せられ、唇を重ねる。 お伺いをたてるように触れたのは最初だけで、 すぐに貪るような動きに変わった接吻にリクオが夢中になっている間に、不埒な手が締めたばかりの帯を緩めた。 「せっかく着てやったのに」 もう脱がすのかと、息を乱しながら唇を尖らせるリクオに、鴆はニッと笑った。 獰猛ささえ感じさせる、野性的な笑みだった。 「前にも言ったろ? 男が着物を贈るのは、それを脱がすためだって」
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