緋襦袢で四十八手
10. こたつ隠れ(こたつがくれ) 前
いつもは殺風景な印象すらある鴆の居室が、その日はやけに狭く感じられた。 「どうしたリクオ、入れよ」 障子を開けた途端に暖かい空気に包まれたのは、部屋の隅に置いてあるファンヒーターのせいだ。 最初は火鉢しかなかった部屋を寒いと言ったら、鴆が取り寄せてくれた。 だが部屋が狭く感じられるのはファンヒーターのせいではなく、 部屋の中央に置いてある炬燵のせいだ。 コードが伸びているところを見ると、現代式の電気こたつらしい。 二人分の膳をかろうじて置けるくらいの小さなものだが、四方に広がるふかふかの炬燵布団が、 それなりに広いはずの居室を狭く見せている。 正方形の木製の天板の中央には、膳の代わりにみかんを綺麗に盛った籠が置いてあった。 「赤い襦袢を着て、そこに座ってくれ。オレの斜めじゃなくて正面な」 「…」 リクオの羽織を衣桁(いこう)に掛けながら、嬉々として指示する鴆をうろんげな目で見たものの、リクオはおとなしく従った。 ファンヒーターを入れてくれたおかげで、襦袢一枚でも寒くはない。 鴆から贈られた、桜模様が織り込まれた赤い襦袢に着替えて炬燵に潜り込むと、赤い光が冷えた脚を温めた。 「足を伸ばして温まってな」 そういうと、鴆はみかんの皮を剥き始めた。 勧められるままに足を伸ばしたが、小さな炬燵の中なのに鴆の脚とぶつからない。 ふとんをめくってみれば、鴆は正座をしているようだった。 おめーも足伸ばせよ、と促せば、そうか?悪いな、といって、鴆も足を伸ばしてくる。 二人の脚が絡み合った。 ついこの間まで火鉢ひとつしかなかったこの部屋に、なぜ突然炬燵を? リクオの疑問をよそに、鴆はみかんの筋を丁寧に取り、口元に鮮やかな橙色の房を差し出した。 ぱくりと食べると、さわやかな甘みが口の中に広がった。 飲みんでしばらくすると、また次の房を差し出される。 最近どうだ?などという質問に、促されるままぽつぽつ答えながら、差し出される房を食べていく。 一体どういうつもりなのか。 襦袢一枚で炬燵を囲んで、みかんを食べる。 今夜はそういう趣向なのか? ぼんやりとそんなことを考えていたその時、 ふとした拍子に、それまでよりも口の奥に、房が押し込まれた。 大したことではなかったが、口を閉じる時に鴆の指を舐めてしまった。 みかんの香りが移った、骨ばった指が舌先に触れた途端、 閨で同じように指や、指以外のものまで舐めたことを思い出して、リクオは内心動揺した。 自分だけが襦袢一枚であるということも、 炬燵の中で脚が絡み合っっていることも、急に気になりだした。 こっそり鴆の方を窺ったが、目の前の男は特に変わった様子もなく、 リクオが舐めた指で再びみかんの筋を取っている。 自分だけが意識していることを悟られないように、絡んだ脚をそっと引こうとしたその時。 見えない炬燵の中で、大きな手がふいにリクオの足を掴んだ。 |
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