帰したくない

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普段は目が合えば、いやリクオが一人になった時点で自ら傍に来て酌をする鴆である。

それがリクオから目をそらし、何事もなかったかのように近くの幹部と談笑している。

主である自分に半分背を向けて無視するなど、下僕の風上にもおけないが、

昨日自分が醜態をさらしたらしいということを思えば、いつものように話しかけることもためらわれた。

朝、この大広間はぼろぼろだったし、軽傷だが怪我人もけっこういた。

気まじめで組想いの鴆には許せなかったのだろうか。

しばらくして鴆が席を立ち、広間を出て行ってから、リクオも後に続いた。

手洗いに行くのかと思ったが、鴆は自分にあてがわれた部屋に入って行った。

閉じられた障子に少し迷ったが、開けて入った。

「鴆」

敷かれた布団の向こうに置かれた行燈に火を灯していた鴆は、

リクオをちらりと見ると、初めて気がついたような顔で、おう、と言った。

「これは遊び人の総大将殿。ここに女はいやせんぜ」

「やめろよ」

げんなりしながら、リクオは布団の横に胡坐をかいて座る。

鴆と布団を挟んで向かい合う形になったが、

鴆は荷物をまとめ始めて、なかなかリクオの方を向かない。

「何をしている」

「何って薬鴆堂に帰るんだよ。いつまでも本家で飲んでいるわけにもいかねえからな」

その言葉に、リクオの酔いは完全に醒めた。

「帰るってこんな夜中に…何で急に」

「適当に帰るから、あんたは広間に戻れよ。いい女がよりどりみどりだろ」

引きとめたいのに、うまく言葉が出てこない。

鴆の態度が冷たいせいだ。

覚えていないが、女にだらしない不実な奴と思われて、嫌われたと感じているせいだ。

「酒に酔えば本心が出る。あんたも男だもんな。

男なんかに抱かれるより、やっぱり女の方がいいんだろ?」

「鴆っ…」

リクオはたまらなくなって、鴆の手を掴んだ。骨ばっていて大きな、年上の男の手だ。

いつもリクオに優しく触れてくる、暖かいその手を、両手でぎゅっと握りしめた。

「お前がそうしろって言うなら、もう酒は飲まねえ。女なんて一生知らなくていい。

だから信じてくれ。オレは…オレにはお前しか」

切実に訴えるリクオの視線の先で、顔を背けたままの鴆の背中が、小刻みに震えた。