帰したくない
2 普段は目が合えば、いやリクオが一人になった時点で自ら傍に来て酌をする鴆である。 それがリクオから目をそらし、何事もなかったかのように近くの幹部と談笑している。 主である自分に半分背を向けて無視するなど、下僕の風上にもおけないが、 昨日自分が醜態をさらしたらしいということを思えば、いつものように話しかけることもためらわれた。 朝、この大広間はぼろぼろだったし、軽傷だが怪我人もけっこういた。 気まじめで組想いの鴆には許せなかったのだろうか。 しばらくして鴆が席を立ち、広間を出て行ってから、リクオも後に続いた。 手洗いに行くのかと思ったが、鴆は自分にあてがわれた部屋に入って行った。 閉じられた障子に少し迷ったが、開けて入った。 「鴆」 敷かれた布団の向こうに置かれた行燈に火を灯していた鴆は、 リクオをちらりと見ると、初めて気がついたような顔で、おう、と言った。 「これは遊び人の総大将殿。ここに女はいやせんぜ」 「やめろよ」 げんなりしながら、リクオは布団の横に胡坐をかいて座る。 鴆と布団を挟んで向かい合う形になったが、 鴆は荷物をまとめ始めて、なかなかリクオの方を向かない。 「何をしている」 「何って薬鴆堂に帰るんだよ。いつまでも本家で飲んでいるわけにもいかねえからな」 その言葉に、リクオの酔いは完全に醒めた。 「帰るってこんな夜中に…何で急に」 「適当に帰るから、あんたは広間に戻れよ。いい女がよりどりみどりだろ」 引きとめたいのに、うまく言葉が出てこない。 鴆の態度が冷たいせいだ。 覚えていないが、女にだらしない不実な奴と思われて、嫌われたと感じているせいだ。 「酒に酔えば本心が出る。あんたも男だもんな。 男なんかに抱かれるより、やっぱり女の方がいいんだろ?」 「鴆っ…」 リクオはたまらなくなって、鴆の手を掴んだ。骨ばっていて大きな、年上の男の手だ。 いつもリクオに優しく触れてくる、暖かいその手を、両手でぎゅっと握りしめた。 「お前がそうしろって言うなら、もう酒は飲まねえ。女なんて一生知らなくていい。 だから信じてくれ。オレは…オレにはお前しか」 切実に訴えるリクオの視線の先で、顔を背けたままの鴆の背中が、小刻みに震えた。
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