帰したくない
3 「鴆」 顔を背けたまま背を震わせる鴆に、リクオはもしや具合でも悪いのかと膝を進め、 顔を覗き込もうとしたその瞬間。 「ぷっ」 鴆は噴き出し、盛大に笑い転げた。 「てめえっ…」 「なーにべそかいてんだよ。あー、腹いてぇ」 鴆は息も切れ切れに笑いながら、怒るリクオの頭を軽く小突いて抱き寄せた。 機嫌をとるように髪を優しく撫で、きりきりと吊りあがったまなじりを、繊細な指でぬぐった。 「誰がべそなんか…」 鴆がぬぐった涙を目の前でぺろりと舐めてみせると、リクオの語尾は弱くなった。 「まあ…見ていて面白くはなかったけどよ。 酔って手近な女を口説いちまうことなんざ、誰にでもあることだし。あんま気にすんなって」 あんたが飲まなくなっちまったらオレがつまんねーよ。けど「妖殺し」を飲むのはやめとけ。な? 頭をなでながら年上らしく諭す鴆を、リクオはまだ涙のたまった目で、おそるおそる見上げた。 「鴆…オレのこと、キライじゃないのか?」 尋ねると、力強い腕に抱きしめられた。 鴆の身体や着物に沁みついている、嗅ぎなれた薬草の匂いが、優しくリクオを包み込む。 「あんたを嫌ったことなんか一度もないぜ。いつだって愛してる」 「鴆…オレも」 ようやく安堵の息をついた唇に、唇が重なった。
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