一番奥まで
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奴良家では日が暮れる前に夕食の支度を始める。 今日に限っては、若菜と毛倡妓が、台所にこもっていたリクオを日没後しばらく経つまで一人にしてくれたが、 二人が入ってきたところで、リクオはとうとうあきらめて、握りしめていたチョコペンを置いた。 箱の中に入っているのは、少し歪んだハート形のチョコレート。 まだ固まりきらないうちに型を外そうとして失敗してしまったが、作り直している時間はなくて。 おまけに白いチョコペンで何を書くか悩んでいるうちに、夜の姿になってしまった。 何も書いていないいびつなハートを隠すように蓋をして紙袋に入れ、「邪魔したな」とリクオはそそくさと台所を出た。 今日はバレンタインデーで、リクオは朝から女の子にチョコをもらった。 大半は家族や友達だが、学校では知らない女子からももらった。 夕食の後、薬鴆堂に行く前に化猫屋に寄ったら、店の女の子たちからもチョコらしき小箱を渡された。 きらびやかな包装紙で包まれた小さな箱は、振るとコロコロと軽やかな音がする。 きっと一口サイズのしゃれたデザインのチョコが複数入っているのだろう。 鴆が去年くれたものだって、有名店の高級チョコだ。 家族や中学校の友達からもらうチョコは手作りのものが多かったから今まで気にしなかったが、 自分の作ったチョコは、恋人にあげるにしてはあまりに子供っぽすぎやしないだろうか。 リクオはこの時初めて、気後れを感じた。
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