下帯物語
秋の日は短い。 まだ夕方といってもいい時刻から、夜空が町を覆う。 その闇をさまざまな色のネオンが華やかに照らす浮世絵町、夜の一番街。 「きゃっ」 「うわっ」 学校の帰り、雑踏を歩いていたカナに、すごい勢いで誰かがぶつかって来た。 思い切り跳ね飛ばされ、コンクリートの歩道にひどく尻もちをついた。 「いったぁ」 「いってえ」 ぶつかった相手も尻もちをついたらしく、ひっくり返って尻のあたりをさすっている。 カナは短いスカートを整えながら、その相手を見た。 カナとそう変わらない年くらいの男の子だが、女の子のように髪が長い。 しかも変わった着物を着ている。 「あなた」 「げっ、やべっ!」 声をかけようとしたら、相手はカナをみて、なぜかぎょっと飛び上がり、あっという間に人混みの中に消えた。 カナには少年が頭に被っていた馬の頭の骨は見えていない。 この少年――馬頭丸は、カナの顔を見てすぐにリクオの学校の友達だとわかった。 捩目山の露天風呂で襲った時に顔をみられていると思いこんで、とっさに逃げ出したのだが、実はカナはその場にはいなかった。 いきなりぶつかってきて、一言もなく逃げ出されたカナは、歩道に座り込んだまま呆然としていた。 少し離れたところに、桐の箱が放りだされている。 蓋があいて、中身が飛び出してしまっていた。 中には墨で文字がいっぱいに書かれた、白い帯のようなものが入っている。 あの変わった着物を着た少年の持ち物だろうか、と何となく帯を調べていると、赤い縫い取りが目にとまった。 「え…これって、リクオくんの…?」 一見普通の帯に見えるそれは、まさかふんどしだとは思わない。 しかも、カナがもう一度会いたいと願っている「あの人」のエキスがたっぷりしみ込んでいるなどとは夢にも思わなかった。 「よくわからないけど、とにかくリクオくんに届ければいいんだよね」 あの少年がなぜリクオの「帯」を持っていたのかわからないが、急いでいたようだし、早く届けてあげたほうがいいだろう。 カナは下帯を桐箱に納めて立ち上がると、ついさっき別れたばかりの幼馴染の家に向かった。
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