下帯物語

10.馬頭丸とカナ




秋の日は短い。

まだ夕方といってもいい時刻から、夜空が町を覆う。

その闇をさまざまな色のネオンが華やかに照らす浮世絵町、夜の一番街。

「きゃっ」

「うわっ」

学校の帰り、雑踏を歩いていたカナに、すごい勢いで誰かがぶつかって来た。

思い切り跳ね飛ばされ、コンクリートの歩道にひどく尻もちをついた。

「いったぁ」

「いってえ」

ぶつかった相手も尻もちをついたらしく、ひっくり返って尻のあたりをさすっている。

カナは短いスカートを整えながら、その相手を見た。

カナとそう変わらない年くらいの男の子だが、女の子のように髪が長い。

しかも変わった着物を着ている。

「あなた」

「げっ、やべっ!」

声をかけようとしたら、相手はカナをみて、なぜかぎょっと飛び上がり、あっという間に人混みの中に消えた。

カナには少年が頭に被っていた馬の頭の骨は見えていない。

この少年――馬頭丸は、カナの顔を見てすぐにリクオの学校の友達だとわかった。

捩目山の露天風呂で襲った時に顔をみられていると思いこんで、とっさに逃げ出したのだが、実はカナはその場にはいなかった。

いきなりぶつかってきて、一言もなく逃げ出されたカナは、歩道に座り込んだまま呆然としていた。

少し離れたところに、桐の箱が放りだされている。

蓋があいて、中身が飛び出してしまっていた。

中には墨で文字がいっぱいに書かれた、白い帯のようなものが入っている。

あの変わった着物を着た少年の持ち物だろうか、と何となく帯を調べていると、赤い縫い取りが目にとまった。

「え…これって、リクオくんの…?」

一見普通の帯に見えるそれは、まさかふんどしだとは思わない。

しかも、カナがもう一度会いたいと願っている「あの人」のエキスがたっぷりしみ込んでいるなどとは夢にも思わなかった。

「よくわからないけど、とにかくリクオくんに届ければいいんだよね」

あの少年がなぜリクオの「帯」を持っていたのかわからないが、急いでいたようだし、早く届けてあげたほうがいいだろう。

カナは下帯を桐箱に納めて立ち上がると、ついさっき別れたばかりの幼馴染の家に向かった。





 11


浮世絵町に戻って来たよ!

裏越前屋