下帯物語
「げっ、家長!」 「お、及川さん!?」 奴良家の門を挟んで、着物姿のつららと、制服姿のカナは目をまんまるくしてその場に固まった。 「なんで及川さんがリクオ君ちにいるの!?」 着物なんか着て。まるでここに住んでいるみたいに我が物顔で…! 「あっ…それはぁ〜」 会った瞬間とっさに黒くしたつららの目が泳いだ。 「たまたま近くを通りかかって〜、ちょっと立ち寄っただけなんですのよ、オホホ」 かなり苦しい言い訳である。 「ところで家長サンこそ、こんな夜遅くに、リクオ君に何のご用なのかしら?」 ただ話をそらすだけにしては、やけにとげとげしい口調でつららは切り返した。 どうせリクオ様に会いたくて口実つくってきたんでしょうけど、三代目の邪魔はさせないんだから! ところが、カナの返答はつららの予想をはるかに超えていた。 「これを届けに来たんだけど」 「こ…これって!」 カナが桐箱の蓋を開けて見せた、その中身を、つららはひったくるように奪い取った。 (私がリクオ様の為に心をこめて縫った名前入りの下帯…!) 奴良組は大所帯である。 洗濯はまとめてするので、特に混同しやすい、そして混同されては困る下帯は、誰のものだかわかるように、ひとりひとり縫い取りがしてある。 その大半は若菜がやっているが、毛倡妓やつららも手伝っている。 特にリクオの下帯の縫い取りは、全部つららがやると言い張った。 (それをなんでこの女が持っているわけ!?) しかもどういうわけか桐箱に入れられ、いやそれはいいが、 その割には薄汚れて、変な落書きまでされている。 「と、とにかく!これはちゃんと洗ってリクオ様にお返しします!」 「ちょっと待って。なんで及川さんが!?」 つららが返答につまり、かといってモノがリクオの下帯なだけに、引き下がることもできずに睨み合っていると。 「門前で何を騒いでいる」 強大な畏に、つららも、そしてカナもビクッとなった。 おそるおそる振り返ると、着物姿の長身で長髪の男が腕組みをして立っている。 捩目山から駆けつけた、牛鬼だった。
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