下帯物語
旅人を惑わす魔の山、捩目山。 「牛鬼様、うちのシマに迷い込んだ旅人が、このようなものを所持しておりました」 仁王像を前に瞑目していた牛鬼の元に、牛頭丸と馬頭丸が油紙に包まれた下帯を両手にやってきた。 ところどころ薄汚れた下帯の端は、下駄で踏みつけた痕が残っている。 赤い糸で「リクオ」と縫いとりがしてあり、何やら黒と朱の墨で文字が書かれている。 その文字を読んで、牛鬼の顔色が変わった。 これはあきらかに奴良組に対する挑戦状だ。 しかも羽衣狐の名前は消され、玉章の名前が書かれている。 四国の一件は手打ちとなり、玉章は一生四国でおとなしくさせると父親の隠神刑部狸が約束したはずだが、 やはり血気盛んな若者、身の程を超えた野心は押さえられないといったところか。 あるいは、新たに京妖怪と手を組んだという可能性もある。 一年後の清明との戦いに備えて地盤固めをしなければならないこの時期に、厄介な勢力が復活したものだ。 今のリクオなら、四国勢など敵ではないかもしれないが、京妖怪と手を組んだとあらば、油断は禁物だ。 しかもどういうわけか、リクオの下帯にこんなことを書いて送りつけてきたというのが気になる。 四国にいるはずの玉章が、リクオの下帯をどうやって入手できたのか。 本家に内通者がいるのか? いずれにせよ。奴良組三代目の命などいつでもとれるぞという脅しに違いない。 これは直ちに手を打たねばならない。 牛鬼は薄汚れた下帯を丁寧にたたみ、桐箱に入れた。 「牛頭丸、お前は先に本家に行って、至急、臨時総会を開くように三代目に進言しろ。 馬頭丸、おまえはこの下帯を持っていけ。 大事な証拠の品ゆえ、慎重にな」 「「はっ」」 牛鬼の命令に、牛頭丸と馬頭丸は同時に頭を下げた。
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