下帯物語

2.猩影




関東大猿会二代目組長、猩影は、白い下帯を両手に捧げ持ったまま、困惑していた。
それは先ほど自分の家の庭先に舞い込んできたものだった。

その下帯は、おそらく綿でできているのだろうが、手触りは絹のように柔らかく、かなり上等な品ではないかと思われる。

それに加えて、帯の端には赤い糸で名前の刺しゅうがほどこされてあった。

「リクオ」――そうよくある名前ではない。少なくとも、猩影にはたった一人しか心当たりがなかった。

「若…」

いや、もう三代目と呼ばなくてはならないが。

再会した時にはとても彼に三代目が務まるとは思えなかったが、京都でその器を見せつけられた。

それに加えて、襲名披露でのあの宣言。とても成人したてとは思えない、有無を言わせぬ貫禄があった。

相変わらず一日のうちの四分の三は人間だが、昼も夜も、一筋縄ではいかない奴良組の幹部たちをまとめて、うまく采配を振っている。

猩影自身も組を継いで、新米組長として苦労しているだけに、リクオのすごさがわかる。いつか、いろいろと聞いてみたかった。

下帯は夜風にひんやりとしていて、少し湿っていた。

洗濯して干していたものがここまで飛んできてしまったのだろうか。

それとも。

猩影は下帯に顔を埋め、匂いを嗅いだ。

何となく覚えがある匂いがするような…。

とそこまで考えて我に返り、猩影は慌てて下帯から顔を離した。

(何やってんだオレ!)

こんな庭先で、三代目の下帯の匂いを嗅いでいるなんてまるで変態だ。

(そりゃあ三代目はそこいらの女顔負けの綺麗な顔してるし、男でも惚れちまうくらい、男気ムンムンな人だけど)

羽衣狐に向かっていったリクオの背中はめっちゃカッコ良かった。

着物はびりびりに破かれ、背には刺青のような文様が刻まれて、全身傷だらけなのもまた色気があって。

(ってそうじゃねーだろ!)

思いだして熱くなった頬をぷるぷると振って、とにかくこれは返そう、と決心した。

洗濯されていないみたいだし、洗って返すべきだろうか。

洗って返せば、この下帯の汚れに気づいたと言っているようなものだ。

しかし汚れたまま返すというのもなんだか気が引ける。

第一、何と言って渡せばいいんだろう。

「あなたの下帯が飛んできたんで返します」

いやその通りなのだが、すごくあやしく思われないだろうか。

ひょっとして盗んだのではとか疑いをかけられたりしたら末代までの恥だ。

しかも、この下帯で何をしたかとか聞かれたら。

(いや、まだ何もしてねえし!ちょっと匂い嗅いだだけだし!)

三代目の匂い。

猩影はかーっと赤くなり、それから手に持っている下帯に、再びそうっと顔を近づけた、その時。

「おお、猩影。こんなところで何しとるんじゃ」

突然、背後から声をかけられて、猩影は飛び上がった。





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横浜から埼玉…随分遠くまで飛んでいったよね…(^_^;)

裏越前屋