下帯物語
「お前が庭でぼーっとしているなんて珍しいのう。狒々がいたころは盆栽など見向きもしないって聞いとったが」 「お、叔父貴…」 おそるおそる振り向くと、そこにはキセルを咥えた一ツ目入道が、懐手をして猩影を見上げていた。 何やら苦虫を噛みつぶしたような表情だが、彼は平素からそんな顔をしている。 「今夜は暑いなあ〜ここに来るまでに汗だくになっちまった。ちょっとその手拭いを貸してくれ」 「えっ」 止める間もなかった。 一ツ目は猩影の手から勝手に下帯を取り、額の汗を拭った。 「どうした、猩影。間抜けなツラして。お前も顔が赤いぞ。 …ん?随分長い手拭いだな…」 丁寧に折りたたまれた布を広げていくにつれ、ようやく「手拭い」の正体が明らかになった。 一つしかない大きな目がこれ以上ないくらいに見開かれ、口からキセルがポロリと落ちた。 「げえ!何だこれ!ふんどしじゃねえか!」 汚ねえッ!と慌てて下帯を放り投げ、自分の袖で顔を拭き直す。 放り投げられた下帯は地面には落ちなかった。生温い風がさらい、空高く舞い上がる。 「あっ…」 猩影があわてて手を伸ばしたが、届かなかった。 「あ、わりい。お前のふんどしだったな。なに、ちゃんと新しいのを買ってやるって」 一転して機嫌を取るような口調になった一ツ目の言葉をよそに、猩影は下帯が消えた夜空を、いつまでも名残惜しそうに見上げていた。
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