下帯物語

5.土彦とイタク




二匹のなまはげが明け方近くに遠野に戻った日の朝。

霧の濃い川辺で洗濯をしている土彦のところに、イタクがふらりとやってきた。

挨拶を交わしたきり、こちらに背を向けて黙々と洗濯を続ける土彦の後ろで、イタクは河原に山のように積まれた洗濯物を、しばらくの間、興味なさそうに眺めていた。
だが、ふとその一つに目を止め、まだ洗濯されていないそれを、指でつまみ上げた。

「・・・この下帯、誰が出したんだ?」

他人の仕事にめったに興味を示さないイタクが、そんなことを聞いてくるのは珍しい。

土彦は振り向き、イタクがつまんでいる白い布と、立っている洗濯物の山を確認した。

「ああ?そこの山のは確か…なまはげだったかな。

昨日の夜、洗っといてくれって出してった」

土彦の答えに、イタクの眉が寄った。

「あいつ、リクオの下帯使ってんのか?」

「はあ?!まさか。長さが全然足りねえだろ」

思いがけない問いに素っ頓狂な声を上げた土彦は、イタクが示した、下帯の縫い取りを見て、丸い目をさらに丸くした。

「…ってほんとにリクオのだ。何で今頃」

リクオが遠野にいたのは二カ月も前だ。
どこでまぎれこんだのかなあ、と首をひねる土彦の前で、イタクは下帯をつまんだまま、ふうん、と自分の弟子の「置き土産」をしばらく眺めていた。

「これ、練習用にもらうぜ」

「っておい、リクオのだろ」

イタクが練習に使ったものは、まず原型をとどめることはない。

友人の私物を勝手に切り刻んでいいのか、と戸惑う経立の言葉を、イタクは鼻であしらった。

「とっといたってしょうがねーだろ。

あいつボンボンなんだから一枚くらいどうってことねーよ。

オレの鎌でみじん切りにしてやる」





そうしてリクオの下帯を放り投げ、両手に構えた鎌で目にも止まらぬ素早い動きで、落ちてくる白い布を細切れに――したはずだったが。

鎌の先で下帯は煙のように消え、気がつけば、リクオの下帯はイタクの攻撃範囲からはるか遠くに逃れて、空高く舞っていた。

「ちっ…下帯までぬらりくらりとしてやがる」

イタクは悔しそうに、霧の向こうに消えていく下帯を睨みつけた。





 


リクオ様の下帯も鏡花水月!(ばかな)

裏越前屋