下帯物語
二匹のなまはげが明け方近くに遠野に戻った日の朝。 霧の濃い川辺で洗濯をしている土彦のところに、イタクがふらりとやってきた。 挨拶を交わしたきり、こちらに背を向けて黙々と洗濯を続ける土彦の後ろで、イタクは河原に山のように積まれた洗濯物を、しばらくの間、興味なさそうに眺めていた。 「・・・この下帯、誰が出したんだ?」 他人の仕事にめったに興味を示さないイタクが、そんなことを聞いてくるのは珍しい。 土彦は振り向き、イタクがつまんでいる白い布と、立っている洗濯物の山を確認した。 「ああ?そこの山のは確か…なまはげだったかな。 昨日の夜、洗っといてくれって出してった」 土彦の答えに、イタクの眉が寄った。 「あいつ、リクオの下帯使ってんのか?」 「はあ?!まさか。長さが全然足りねえだろ」 思いがけない問いに素っ頓狂な声を上げた土彦は、イタクが示した、下帯の縫い取りを見て、丸い目をさらに丸くした。 「…ってほんとにリクオのだ。何で今頃」 リクオが遠野にいたのは二カ月も前だ。 「これ、練習用にもらうぜ」 「っておい、リクオのだろ」 イタクが練習に使ったものは、まず原型をとどめることはない。 友人の私物を勝手に切り刻んでいいのか、と戸惑う経立の言葉を、イタクは鼻であしらった。 「とっといたってしょうがねーだろ。 あいつボンボンなんだから一枚くらいどうってことねーよ。 オレの鎌でみじん切りにしてやる」 そうしてリクオの下帯を放り投げ、両手に構えた鎌で目にも止まらぬ素早い動きで、落ちてくる白い布を細切れに――したはずだったが。 鎌の先で下帯は煙のように消え、気がつけば、リクオの下帯はイタクの攻撃範囲からはるか遠くに逃れて、空高く舞っていた。 「ちっ…下帯までぬらりくらりとしてやがる」 イタクは悔しそうに、霧の向こうに消えていく下帯を睨みつけた。
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