下帯物語
常に霧に包まれている遠野の隠れ里。 その結界を破り、長い角を持った妖狐が現れた。 その身の丈、およそ一杖(つえ)半(約4m50cm)。 僧侶のような着物を身にまとった巨漢は、自らの使命を果たすため、京の都からはるばる遠野までやってきた。 奴良組と同様に、清明についていかなかった京妖怪たちも、体勢を立て直すことに余念がなかった。 清明にはっきりと敵対したわけではないが、羽衣狐を手にかけた彼に、無条件に従う気には到底なれなかった。 しかし鬼童丸や茨木童子など、かなりの京妖怪が清明と共に地獄へ行ってしまった今、残った彼らはかなり手薄になってしまった。 そこで、遠野に同盟を申し入れに来たのである。 「ふむ…こちらはもう紅葉がはじまっておるな」 靄の中で、美しく色づきはじめている木々を眺め、白蔵主は呟いた。 風情のあるものに触れると、歌心をくすぐられるのが京妖怪である。 …と白蔵主は思っている。 大事な交渉を前に、心を落ち着かせるためにも一句詠んでいくか、とおもったところ、靄の中から一枚の白い布が舞い降りてきた。 「ぬ。天から短冊が降って来たか。布に書くのもまた一興」 白蔵主は降って来た下帯を手近な枝にくくりつけると筆を取り、さらさらと次の句をしたためた。 「『みちのくの旅の途中で我思う いつまでもお待ちしております 羽衣狐様』 …うむ。字あまり」 白蔵主は下帯にしたためた句を満足げにながめると、木の枝から外して、まるでお守りのように懐にしまった。
|
||